デフォルメされたゾウ【小説】1,233字
小学校からの同級生だったんです。正直、最初は彼女のことが嫌いでしたね。
小三の時に粘土の授業があったんです。そこで僕はリアルなゾウを作りました。耳の大きさや肩から背中にかけての角度、脚の関節などにこだわった自信作でした。
完成したみんなの粘土作品は教室の後ろのロッカーの上に並べられました。僕のゾウもその中の一つとして飾られました。
次の日の朝、ゾウを見たら変なんです。明らかに昨日僕が作った形ではないんです。固まらない粘土だったので、他の子の作品も崩れていたり、一部分が取れていたりはしていました。
だから、僕のゾウも一日経って……と一瞬考えました。でも、それはおかしいんです。僕が作ったゾウは自然界のそれと同じように胴体から首が真っ直ぐに繋がっていました。地面と平行に付いていたんです。
でも、一日経ったそのゾウの首は地面と垂直方向に付いてました。つまり、ゾウの首が胴体の上にちょこんと乗っていたんですよ。
首が落ちていただけだったら自然に落下したのかなと思います。でも別の位置に付いているのは誰かの手が入ったことを意味します。
僕はこう考えました。ゾウの首は自重に耐え切れずに落ちてしまった。それを見つけた親切な誰かが乗せてくれたのだろうと。
そんな風に考えながらゾウを見ていた僕にマリコが声をかけてきました。
「そっちの方がいいでしょ。直しておいてあげたから」
そうです。ゾウの首の位置はクラスメートのマリコによって意図的に変えられていたのです。
当然僕は抗議しましたが、マリコも反論してきました。彼女の言い分はこうです。
動物は首が上にある方がかわいい。前の形だとうつむいているようでかわいそう。子供向けアニメのキャラクターも同じように背中の上に首が付いている。
リアルにこだわりたかった僕は納得がいきません。僕とマリコはあーだこーだ言い合いをしました。
結局、気の強いマリコに押し切られる形でゾウの首はそのままでした。最初は納得していませんでしたよ。でもね、毎日、その飾られているゾウを見るじゃないですか。そしたら段々と悪くない、いやこれが正解なんじゃないかという考えになっていったんです。
明らかに自然界には存在しない造形。しかし、地面と水平にあるよりも、垂直に首が立っている方が立派に見える気がしました。その歪さ、不自然さに美しさを感じました。神々しささえ感じていました。さながら神話のケンタウロスだと。
僕はこうして、そのデフォルメされたゾウが大好きになり、正解を教えてくれたマリコの事も大好きになりました。
これが馴れ初めですね。もうそのゾウは残っていません。保存しておけない粘土でしたし、そもそも二十年も昔の話です。ゾウはもうないですが、僕の中に美的感覚の柱としてしっかりと残っています。あのデフォルメされたゾウが、それを教えてくれた妻のマリコが、芸術家としての今日の僕を作ってくれたと言って過言ではないのです。感謝してもしきれません。
そして、これがデフォルメされたマリコです。
2021年8月
見出し画像にイラストをお借りしました。仕様上、画像が切れてしまうのが惜しいです。
爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!