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鼻だけキリンの男【宗教系】(2,929字)

 こんにちは。鼻だけキリンの男ですっつってね。びっくりしたでしょ?

 ちょっとこのキリンの鼻について説明しますね。形状はそんなに特徴的ではないんだけど人間のものよりもはるかに大きいでしょう? 特徴はないといっても、縦に避けたような形で人間のものとはちょっと違いますよね。まあ、最近はマスクをすることが多いので大部分を隠すことができて助かっています。

 とはいえ今はそれほど気にしてません。思春期の頃は悩んだこともありましたが、今は個性として受け入れています。一発芸で鼻の穴の開け閉めを披露することもありますから。

 営業職なので顔をすぐに覚えられるのもメリットかな~なんて思ったりもするんですよ。でも、自分からはキリン鼻とは言わないのでただ単に鼻の大きな人みたいな感じで認識されてるんだろうなぁ。人間の4、5倍はデカイんですけどね。

 目だけゾウの女性を特集したドキュメンタリーを見たことがあります。見た目は目の大きなゲームのアバターみたいな感じ。アニメキャラみたいでかわいらしいなと思いました。でも、ゾウの目は視力が弱いうえに色もわからないのだそうです。キリンの鼻は見てくれは良くないですが、人間の鼻よりも機能的なのでこの点では自分は恵まれてるなと思いました。

 その方も昔は悩んだこともあったようですが、今は受け入れているそうです。でも、動物園は行かない、動物の番組はあまり見ないと言っていました。自分もそうなのでやっぱりなと思った記憶があります。

 僕が立ち直れたきっかけを話していませんでしたね。十代の頃は本当に悩んでたんです。今はこんな性格ですけどね。

 大学に入学した頃、構内で一人の先輩に声をかけられたんです。その頃の私はコンプレックスから引っ込み思案でしてね、友だちなんかいないわけです。でも、やっぱり人恋しいじゃないですか。その先輩は男でしたけど薄っすらといい香りのする方でした。いやいや、変な感じに話しちゃいましたけど、私は女性が好きですよ。要は誰でもいいから友だちがほしい。っていう。なんか悲しいモンスターみたいですよね。笑っていいんですよ。

 その先輩は「履修届出した?」みたいな感じで気さくに話しかけてきたんですよ。そこから他愛無い話をして「部室あるから行かない?」みたいな。何の部室って聞いてもはぐらかされましてね。でも、変に好奇心がある私は怪しいなと思いながらもついて行ったんです。まあアパートに帰ってもやることないですしね。

 当然学内かと思って着いていくと校外に出るんです。先輩はすぐそばだからみたいに言って。まあここまで来たら最後まで見届けてやろうって気持ちですよね。

 大学の目の前の雑居ビルの一室に連れてこられたんです。中に入ると学生と見られる男女が十数人いました。ほとんど男子でしたけどね。おそらく先輩っぽい人と私みたいな新入生。2、3人でペアになって床に座ってるんです。

 先輩がスケッチブックに何か図みたいなのを書いて説明してるんですよ。それを新入生が聞いている。その時はピンと来ませんでしたね。今だったらいろいろと察せるんですけど。なにせ当時は世間知らずな1年生でしたから。

 それから部屋には不思議な香りが漂っていました。そうです。先輩からしていたものと同じ香りです。今まで嗅いだことがない香りでしたが、お香かなと何となく思いました。やはり妙に惹きつけられる香りでしたね。

 私たちが来るとすぐに奥からど、男性が出来てきました。今までバラバラに座っていた学生たちが先輩主導の元、男性に向き合う形で整列して正座させられたんです。

 ただ者じゃないとは思いましたね。その男性を便宜上、先生としておきましょうか。先生は世間話を始めたんです。

 いつの間にやら、人生とは何か、人生のゴールとは何かという話に入っていきました。当時は難しくて解らなかったものの興味深い話だなと思ったことは覚えています。

 この先生の話を聞かせたいがために先輩は私を連れてきたんだってこの時わかりましたね。これが私の人生の転機だったんです。

 ところで人生のゴールって考えたことありますか? 結婚? 出世? 成功? まあ成功には違いないですけどね。えっ? 人によって違うって? そうですよね。当時の私もそう考えていました。

 導師がおっしゃるには……ああ、導師というのは先生のことね。導師がおっしゃるには人生のゴールはただ一つ。悟りを開くことだと。えぇー、宗教って思いますよね。わかります、わかります(笑)。 私もそうでしたから。

 実際、新入生の何人かはそこで席を立って帰ってしまいました。私も一瞬帰ろうかと思いましたが、大胆なことはできない性格でしたから……。でも今となっては帰らなくて本当によかったなと思っています。ペルキ神のお導きだと思っています。

 ペルキ神って何かって? それは追々ね(笑)。

 導師のありがたいお話の後、今度は導師を囲んで車座になって質問タイムですよ。私は恐る恐る手を挙げて質問しました。「その悟りはどうやって開けばいいんですか? 修行ですか?」って。

 導師はありがたい笑顔を私に向けてくださいましてね~。おっしゃるんです。「修行では悟りは開けない。今私が話した内容が全て自分のものとして完全に理解・・できた時に悟りが開けるんだ」と。

 私が言葉に詰まっていると、ある無礼な新入生が導師に言うんです。「悟りが開けたんで帰ってもいいですか」と。

 すると、導師はこうお答えになりました。「悟りを開いた人間と開いていない人間は明確に違う。あなたはまだ開いていないよ」と。

 このような問答の後、数人の新入生はまた帰ってしまいましたが私含め数人は残っていました。導師は私を連れてきた先輩を褒めるんです。「彼には強いご縁がある。人生のゴールを得られる人であろう。君は素晴らしい働きをした」と。私はえらく感激しましてね。

 この方に一生ついていこうと決意したわけです。この後残ったメンバーで祭壇でお祈りをしました。部屋がお香の臭いがすると思ったのはこれが原因だったんですね。ほら、私の鼻は人間のものよりも敏感ですから。

 大学生活はペルキ教に身を捧げましてね。あー、言っちゃいましたね。そうです。我々はペルキ教の教えを学び人生のゴールを見つけようと生きている学徒です。ネットで検索しないでくださいね。ああいうのはろくなことが書いていないので。わからないことがあったら私に聞いてくださいね。

……はい! ありがたくも大学時代から学びの機会を得ることができた私は、現在はペルキ教|樺澤大学支部の部長として学生たちの導師を務めさせていただいております。

 あなたにここまでお話をしたのは強いペルキ神のご縁を感じたからなんですよ。いやいや謙遜しなくてもいいから。縁がなかったらあなたはとっくにここにはいないでしょ。

 今から支部のメンバーが集まって学習会があるから君も参加しなさい。参加費は次回からでいいから。あっそうそう、その手に付けているパワーストーン外しておきなさいね。後はお守りとか持ってる? それも外してこの袋に入れておいて。

 徐々にいろいろと教えていくけど、神社とかお寺はもう行ったらだめだよ。クリスマスとか神社のお祭りも参加しちゃ駄目。あとは誕生日会も。誕生日の代わりにペルキ神から了得日が与えられるから楽しみにしててね。

 とりあえず、ここに名前と住所、連絡先を書いておいて。まあ住所はわかってるけどね。えっ、君、あそこのタイ料理屋が入ってるビルの2階か3階に住んでるでしょ。ほら、キリンの鼻は人よりも優秀だから(笑)。


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 この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。(2020年9月)

 ちょっと手直ししましたが、ぶれている話だなぁと思わないでもないです。キャラの立ち位置というか。というのも何も考えずに書き始めた話で、なぜこういう結末になったのか自分でも驚いた話です。

爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!