三者の太陽【掌編】814字
楠弁護士は捲り上げたズボンを全く濡らさずボートから砂浜に降り立った。
「先生、凄いですね!」と僕が言ったのは、半分はヨイショであったが、半分は本心だった。
「ボートの揺れと波の揺れのリズムを捉えてタイミングよく脚を出せば濡れないよ」と先生。芸能界と繋がりのある楠弁護士を通して今回の企画が成立した。
続いて、ボートから降りたのはグラビアタレントのAMiさん。今回、AMiさんにはうちの広告に出てもらう。「えー、先生、すごちー」と言いながら降りていくその足元はびしょ濡れである。
最後に僕。一応クライアントという立場ではあり、AMiさんの現地マネージャー的な雑務もこなしているが、単なる万年初任給男である。今日は仕事の前に存分に遊んでもらうため2人を接待している。
楠弁護士の説明通りにボートを降りようと揺れを読む。読む。読む。
読む……しかし、全然タイミングがつかめない。2人を待たせるわけにはいかないので適当に脚を出す。結果びしょ濡れ。
さらに、両脚を着いた時に滑って左後ろに倒れてケツまで濡れた。
そんな僕をAMiさんがゲラゲラ笑う。普段は僕がテレビにおちゃらけるAMiさんを笑っているというのに。だが、そんな逆転に嫌な気はしない。
AMiさんは笑わせている。僕は笑われている。図式は分かっている。
三者三様だなぁと思う。
楠弁護士はコツを掴みうまくやる。AMiさんは端から気にしない。そして僕は成功者の真似をしようとするが結局うまくいかない。
前者2人は収入でも華々しさでも、僕と比べるまでもない。
そんな事を考えてボーっと立ち尽くしていたようだ。気付くと2人は先にビーチの方に歩いて行ってしまった。
そんな僕にAMiさんが気付き、テレビと何ら変わらない弾ける笑顔で手を振ってくれている。
南国の日差しは刺すように熱い。だがカラッとしている。そして、皆に平等だ。
僕は濡れたケツのことなど忘れ、僕だけに向けられたAMiさんの笑顔に向けて砂浜を蹴り出した。
2021年7月
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見出し画像に写真をお借りしました。
爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!