消えた唐揚げ二個【掌編】1,739字

「みぃちゃん、みぃちゃん、デザートはあそこのパフェ行かない?」
「太るって、最近プ二ってきてるからぁ」
「いやいや、プニプニしたみぃちゃんもいいものですよ」
「きも……あれ? あの人、誰だっけ?」
「ん? あの人? 知らないけど?」

彼氏とデート中、見覚えのある女性を見かけました。しかし、誰だったか思い出せません。昔、お世話になったような気がするのですが……。

「どこかで……あっ、ほら、うちらが大学ん時の学食の!」
「学食? 誰? 全然わかんない」
「あの、いつもニコニコしてたおばちゃんだよ」
「え……ああ! 俺、全然わかんなかったよ」
「うん、凄い怖い顔してたから、私も最初わかんなかったよ……」



 私たちが大学生の頃、学食に名物おばちゃんがいました。学生たちに優しい声をかけてくれる、お母さんみたいな女性でした。いつもニコニコしていて「いっぱい食べなー」「熱いから気を付けてねー」と声をかけられると何だか温かいような、懐かしいような気持ちになったものです。

 常連の学生のことは、「今日の日替わりはあなたの好きな肉団子定食だよー」「苦手なネギ抜いといたからね」と覚えてくれていました。私も、彼氏もその学食は二人でよく利用していたので「いつも仲良しだねー」と言われ照れくさく感じた記憶があります。

 ある時、学食で事件が起こったのです。「おい!いい加減にしろよ!」と怒声が聞こえてきました。見ると、一人の男子学生がおばちゃんに向かって怒鳴っていました。

 何だろうと思って近くに行くと、その学生はこんなことを言っています。
「この人と俺、同じものを頼んだのに唐揚げの数が違うじゃないか!俺の分の唐揚げ、誰か別の人に渡すつもりだろ。あんたが特定の学生をひいきにしているのは知ってる。同じだけのお金を払っているのにおかしいだろ。不公平だ!」と。

 確かに学生の言うことも一理あります。こっそりやるのであればまだしも、目の前で差をつけられたのであれば不満は出て当然です。

 おばちゃんはあたふたしながらこのように言いました。
「おかしいねぇ、私はえこひいきしておかずを増やしたり減らしたりなんてことは絶対にしていないんだけどねぇ。あらあら、せっかくのスープも冷めちゃう」と。

 スープだなんてのんきだなぁと思いつつも、おばちゃんは嘘をついていないとも思いました。私も彼も常連ではありますが、サービスされたことは一度もないからです。おばちゃんの学食職員としてのポリシーなのでしょう。

 とはいえ、その学生は差があったと怒っています。これはつまり、どういうことなのでしょうか。

 唐揚げ消失トリック、いや、唐揚げ増加トリック? それとも……と金田一になったつもりで華麗に解決してやろうと張り切っていた私でしたが、トリックの名前を考えている段階で、事件は解決してしまいました。

 一人の学生がこう指摘したのです。
「私、見てましたけど、その人、スープに唐揚げ沈めていました。だから、その人、嘘付いています!」

 ざわつきます。周りの別の学生が騒ぎを起こした学生のスープを改めると、確かに濃いコーンスープの容器の底に唐揚げが二つ沈んでいたのです。
つまり、一件落着です。解決したとはいえ、おばちゃんは悲しそうな顔をしていました。

 しかし、翌日、学食に行くとおばちゃんはいつも通りの笑顔でした。私が「昨日は大変でしたね」と声をかけると、
「ありがとうね。でも、よくあることだから大丈夫よ。人の多い所で働く以上、こういうことは覚悟しておかなきゃ」と笑顔のおばちゃん。

 よくあること……ね。

 その時思ったんですけど、おばちゃんは犯人が何をしたのかわかってたんじゃないかなと。だから、「スープが冷めちゃう」なんてどうでもいいようなことを言って、スープに入ってるぞとアピールしたんだと思います。



 その日、久しぶりに街で見かけたおばちゃんは、当時は見たことがない険しい顔つきをしていました。もしかしたら、それがいつものおばちゃんの表情なのかもしれません。

 でも、私こうだと思うんです。「よくあること」が起こり過ぎておばちゃん、我慢ならなくなったんじゃないかなと。きっと、もう学食では働いてはいないと思います。

 まあ全部、私の勝手な想像ですけど。


ちょっと無理があるわね…

爪毛 川太先生は大学を舞台にしたリアリティのある小説を書くようです。いつも笑顔のおばさんが事件を解決するお話です。ラブラブカップルが思い出を語るところから話は始まります。

見出し画像をお借りしました。


爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!