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三の島の裏祭り【ホラー】6941字

これは知り合いの男性、Aさんから聞いた話なんですけどね。
Aさんが大学生の頃に参加した奇妙な祭りの話だそうです。
Aさんたら、この話がホラーか、ホラーじゃないか私に判断してほしいなんて言うんですよ。
おかしな話じゃないですか。参加したのはAさんなんだ。それを自分で判断できないなんて、不思議ですよね。
「まあいいや、とりあえず聴かせていただけますか?」と言うと、Aさんは話し始めたんですよ。

このAさん、大学時代は民俗学関連のゼミに参加していたらしいんですね。でも、Aさん、あまり真面目な学生じゃなかった。民俗学のそのゼミもなんとなくノリで決めたらしいんだ。勉強よりも遊び。まあ、こういう学生は少なくないですよね。とはいえ、学生なんだから出すものは出さなきゃいけない。
ある時ゼミで論文を書かなくちゃいけないってなった時も、みんなが題材を決めて書き始めているのに、Aさんだけ何も決まっていなかったらしいんですね。

「先生、俺、何も決まってないんだけどどうしたらいいですかね?」とAさんはゼミの教授に泣きついたらしいんだ。そしたら、その教授、しょうがないなと言いながらある島の集落の祭りを紹介してくれたそうです。
なんでも、島の漁師たちの祭りらしいんですね。別にAさんは漁師の文化に興味があったわけではなかったそうですが、他に選択肢はないですからね。その街を研究対象に決めたらしいんです。
ただ、Aさん言うんですよ。
「その時の教授の様子がちょっとおかしかったんですよ。なんというか含みがあるような」って。
教授の「君だったらちょうどいいかもしれない」という言葉も引っかかったらしいんだ。
まあ、その理由は後からわかるんですけどね。

Aさん、最初に言ったように真面目な学生じゃない。本来だったら事前調査で島のこと、例えば、歴史や産業なんかも調べておかなきゃいけない。少なくともその祭りが何のために開催されているのか、どういうことが行われるのか、そのぐらいは事前に知っておくべきじゃないですか。
それすらも調べていなかったらしいんですね。
そうしてとうとう祭りの日が近くなってきた。
結局、Aさんは祭りの開催日だけしか知らずに現地に入ったらしいです。

Aさんは電車で近くまで行った後、その島まではフェリーが出ていたのでそれに乗って目的の島に渡ったそうです。大学のある街から半日以上かけて辿り着いたとおっしゃっていましたよ。

その島の集落は三つの島から成り立っているようでした。一の島、二の島、三の島とでもしておきましょうか。主に島民たちが暮らしているのは一番大きな一の島。二の島、三の島はほとんど利用されていないそうです。
ただ、このお祭りは二の島で行われるそうなんですね。

祭りの前日にやって来たAさん、二の島には当日まで入れないっていうので一の島でいろいろと調査をすることにしたらしいです。
とはいえ、Aさん、そんなに真面目に調べる気なんてありませんから、適当に島の人に、「どんな祭りですか」、「どういう歴史のある祭りですか」と聞いていったらしいんですね。

島の人たちは「豊漁祈願の祭りだよ」「江戸時代から続いてるよ」と教えてくれたらしいです。Aさんも、まあそんなもんだろうと予想した通りの答えだったらしいです。

でもね、島の人たちが妙にAさんに優しいんだ。「どこから来たの~」「よく来たね~」「これ食べて行って」とちやほやされまくったそうです。

しかも、島の女性たちに何とも言えない色気を感じたそうです。Aさんは当時、ハタチの若者でしたからね。そういう気持ちになるのも無理はないかもしれない。Aさんが言うには、大学の女の子たちにはない、なんというか、生活感のある色っぽさがあったらしいです。薄着でお腹を出しているような恰好をしている人たちも多かったそうですから。

Aさんよりも年上の女性たちが多かったらしいですよ。島でのアバンチュールもいいなぁと思う反面、この人たちはみんな結婚している人妻だろうからそんなこと期待したら駄目だとも思ったらしいです。

ある島の女性が言うんですよ。「この祭りは女たちの祭りだよ」と。
なるほど、だから女性ばっかりなんだと思ったらしいんですね。

その後もAさんは、調査という名目で島をぶらぶらしていたらしいです。どこに行っても「寄って来なよ」「これ食べな」と飲んで食べてとちやほやされたそうです。Aさんね、見た目はいいんですよ。色白でガタイがよくてね、顔もハンサムですから。
自身が色白だからこそ、島の褐色の女性たちに惹かれたというもあるかもしれませんね。

Aさん、お酒も入って楽しくなったそうです。島の民宿に戻る頃にはすっかりできあがって気持ちよく眠ったそうですよ。

次の日、祭りの当日ですね。Aさんは船で二の島に渡ったそうです。
その祭りは海岸で行われるんですね。
島の海岸では、浅瀬に鳥居のようなものが建てられ、縄が海中まで引かれて、砂浜には祭壇が用意されてとすっかり準備が整っていたようです。
昨日の女性たちも浴衣のような衣装に身を包んで並んでいたって言うんですね。
手でも振ってくれるかなと思って近くに行ってみたらしいんですが、昨日とは打って変わって神妙な顔をしていたそうです。だから邪魔しちゃ悪いと思って、Aさんは近くの砂浜に腰を下ろして祭りが始まるのを待っていました。

しばらくすると、祭りが始まりました。
最初に神主が祭壇に向かって祝詞を上げて、お供え物をして、と砂浜で神事をした後、控えていた女性たちがぞろぞろと海の中に入って行ったそうです。
女性たちは海岸線一直線に並んで唄のような呪文のようなものを延々と唱え始めました。水に浸かっているのは腰の少し下辺りまでだったらしいですが、波がありますからね。髪まで濡れていったようです。
それを見てAさんは美しいなぁと思ったそうですよ。本当に女性の祭りなんだと感心したそうです。
だいたい二時間ぐらいですかね。ずーっと途切れなく唄のような呪文のようなそれを口にしながら海の中に立っている。それがこの祭りのメインだったんです。

でもね、Aさんが言うには全く飽きないらしいんですよ。だんだんと傾いていく日、角度を変えて照らされていく女性たち、波の音、女性たちの唱える唄。その視覚と聴覚の相乗効果というんですかね。だんだんと気持ちよくなってくるらしいです。

ご存知ですかね。バリ島にケチャダンスってあるでしょ。あんな感じでこの祭りも、やっている方も見ている方もトランス状態になっていく。二時間なんてあっという間だったらしいです。

いやーいいもの見たなあ、さて帰ろうかと思っていた時に、海から上がった女性に声をかけられたらしいんです。
「A君、どうだった? 凄かったでしょ? この後打ち上げがあるから参加して行きなよ」
水も滴る何とかって言うじゃないですか。そんな女性に誘われたら、さっきまで帰る算段をしていたのも忘れてOKしたそうです。

さすが漁師町ということでね、新鮮な魚介類が山ほど出たらしいですよ。お酒もたらふく飲みましてね。Aさんはまた気持ちよくなったそうです。
そろそろお開きという時に、一人の女性がAさんに聞いてきたそうです。
「A君、今日はどうするの?」
「どうって何がですかー?」とA君、気の抜けた返事。しょうがないですよね。
「何がって、泊る所。今日は宿取ってるの?」
Aさん、酔いが冷めていったらしいです。しまった。帰るつもりだったから宿を取っていない。今日はどうしよう。昨日の宿は空いているだろうか、と。
このA君の様子を見て、また一人の女性が、
「だったらうち泊っていきなよ」なんて言うんです。
Aさんも、いやいやそれは、と断りましたが、他に手段はないですからね。周りもそうだそうだと言うわけで一晩お世話になることにしたそうです。
その女性の家に向かう時、他の女性たちは「A君を襲うんじゃないよ」「A君、この人、若い子大好物だから気を付けてね」なんて軽口を叩いています。
ハハハと笑いながらもA君はちょっとドキドキしてたそうです。Aさんも若かったですからね。

そのAさんを泊めることになった女性をB子さんとしておきましょうか。
B子さんの家に着いて、Aさん、その家に他に誰もいないことに気が付きました。
Aさんは、ありゃーこれはひょっとするとひょっとするかもしれないぞなんてちょっと思ったらしいです。
Aさんは「旦那さんはどちらに?」なんて不躾に聞いたそうです。
B子さんは「あー、旦那ね、今出てんのよ。だから遠慮しないで」
Aさんは「そ、そうなんですか…」と言いながらもそのシチュエーションに飲まれて変な気分になってきました。
お風呂も借りて、旦那の物だというパジャマも借りて。
まあ、当然というかなんというか、その後、B子さんは別室に布団を敷いてくれて、ここで休むようにAさんに伝えました。
Aさんは、まあそりゃそうだよなあと冷静になったそうです。
寝る前にB子さんはAさんに味噌汁を振る舞ってくれました。
魚のアラ汁で、酒の入った身体にはたまらないものだったそうですよ。
味噌汁を飲みながら、B子さんはこんなことを聞いてきました。
「A君はいつ帰るのー?」
「明日、起きたらそのまま帰ろうと思っています」とAさんは答えます。
「あらら、もったいない。明日は裏祭りがあるのに」
「裏、祭りですか?」
「そう。島の人間以外は一部の人たちしか知らない秘密の祭り。でも、A君帰っちゃうんだもんね、残念」
そうやって挑発するように笑うB子さん。
B子さんのその表情と「裏祭り」「秘密」という響きに、これはもしや…とまたしてもAさんは期待してしまったそうです。
その場で参加するとAさんは伝えました。
「ホントぉ? よかった~! いっつも同じ男たちで飽き飽きしてたの。A君みたいにカッコよくて色白の子が参加してくれたらみんな喜ぶよ。あっ、この裏祭りのことは論文に書いちゃ駄目だからね」
こんな風に言われたらAさんじゃなくても、そういう祭りなんじゃないかと疑ってしまいますよね。
実際、祭りには過去、そういう側面もあった。そんな風に教授の授業で聞いたことをAさんは思い出していました。
Aさんが一体どんな祭りなのか、聞いても教えてくれません。
それでもしつこく聞くと、「今度は男のためのお祭りだから」とB子さん。
そして、最後に、
「今日の夜中、楽しみにしててね」と言い残して寝室に入っていったそうですよ。
これはもう、Aさん眠れませんよね。えー、そうなんだ! えー、B子さん! とAさんはもうこれは確定だと思っていたらしいです。
用意された寝床についてからも、Aさんはもうリラックスなんて出来ないわけです。でもね、連日慣れない祭りに参加して疲れていたんでしょう。
いつの間にやら眠ってしまったらしいんですね。

Aさんが気持ちよく眠っていると、どこからか、Aさんを呼ぶ声が聞こえてきたそうです。
Aさんはまどろみながらも、おっ、来たかな。いやいや、でも、いけませんって、B子さん、というようなことを考えていました。頭の中で考えていただけなのか、口に出して呟いていたのか、わからないぐらいには寝ぼけていたらしいです。

でもね、なーんかおかしいんだ。どうもAさんを呼ぶ声が遠いらしいんだ。おかしいですよね。B子さんだったら家の中にいるはずですからそんなに遠くから声がするわけはない。つまりは、外からの声なんですね。
「ぉーい……、ぉーい……」
しかも、とてもB子さんの声には思えない。地の底から響いてくるような、低い声だったんですね。
「ぉーい……Aくーん」
これに気付いた時、Aさん、さーぁっと血の気が引いていったのが自分でもわかったって言うんです。
それで段々と冷静になってきたらしいです。思えばこんなうまい話があるわけなかった。自分は島の人間たちに騙されて何かのいけにえにされるのかもしれない、きっと、そーだ。あぁ、どうしようどうしよう、とAさんは泣きそうになってたらしいです。
そうしている間にも声はどんどんどんどん近づいて来る。
「ぉーい、ぉーい、Aくーん、Aくーん」
ハッと思ったAさん。一人の声じゃないんですね。何人もの低い化け物みたいな声が自分の名前を呼んでいたっていうんです。生きた心地がしないですよね。
でも、Aさん、恐ろしくて恐ろしくて逃げようにも身体が動かなかったらしいです。布団を頭まで被って、あーどうしよう、あーどうしよう。助けてくれー助けてくれーってぶるぶるぶるぶる震えていたそうです。
もう、後悔しても遅いけど、思い起こせばおかしなことばかりだったんだよなぁとAさん。漁師町なのに女性しかいないなんておかしな話だったんですよねぇ。女性の他は、年寄りと子供しか男はいない。そのうえ、やけにみんな自分に優しい。
これはハメられたと絶望したらしいです。
「おーい、Aくーん!おーい、Aくーん!」と気付くともう家の中まで入って来ているみたいなんですよ。
もうおしまいだーと思って、でもどうしようもできなくて震えるしかなかったそうです。

そして、とうとう、寝床の襖がツァーっと開けられた音がする。
Aさんは、あー助けてくれー助けてくれーと布団の中に頭まで潜って丸まっている。でもすぐにガバァっと布団をめくられたらしいです。

それでAさん見ちゃったんですよねぇ。何人もの女たち。あの時の、お祭りの時の浴衣のような衣装を皆、着ていたそうです。
でもね、誰一人として見覚えのある顔はない。みんな化粧っけのない顔でね、青白ーいような、青黒いような何とも言えない顔色をしてたんだそうです。

それで口々に「Aくん、Aくん」と地響きするような声で自分を呼ぶんだそうです。やっぱり彼女らはこの世のものではないんだと思ったそうです。きっと過去に死んでいったこの島の女たちの亡霊なんだ。自分はいけにえにされるのだと絶望したそうです。そして、たーっとそのまま気絶したらしいんですね。

目が覚めると外が騒がしいんだ。なんだろうなぁとまだ寝ぼけているAさん。でも、はっと昨日の出来事を思い出して、起き上がったそうです。

そしたらなんと、そこはB子さんの家ではなくて海岸沿いの砂浜だっていうんですね。しかもたくさん人がいて何やら準備をしている。

これはどういうことだろうかと思っていると、近づいて来ながらAさんに声をかけてきた人がいたそうです。
Aさん、びくっとしましてね。そりゃそうですよ。だって、その人、昨日の女の人と同じような祭り衣装の浴衣を着ていたんですから。
「A君、気付いた? 今から裏祭り本番だよ~早く準備して」とその女性。
でも、声が低かったんだそうです。
そうです。その人、実は女装した男性だったんですね。
それで、ふと自分の身体が目に入ったAさん。自分も同じ衣装を着ていたそうです。

事態が飲み込めないAさんにその女装している男性はこんな風に説明しました。
二の島で行われる表の祭りは女性が海に入る祭りですが、三の島で行われる裏の祭りは男性が女装して海に入る祭りなんだそうです。昨日の二の島の祭りに男たちがいなかったのは今日のための準備をこの三の島でしていたからだそうです。

Aさんが裏祭りに参加してくれると妻たちから聞いて、夜が明ける前から迎えに行ったとその人は言います。大勢で名前を呼びながら迎えに行ったのは外部の人を参加させる際のルールなんだそうです。
「眠いとこ、悪かったけど決まりだから勝手に着替えさせてもらったよ」と男性。参加の意思を示したら何が何でも参加させるのがルールとのこと。
Aさんが気絶したのは眠りに落ちたと勘違いしていたようでした。

それを聞いて、今までのことが全て腑に落ちたAさん。
教授が含みのある顔をしていたのはこのことを知っていたからだろうとも気付きました。

「とんだ奇祭ですねぇ」と言うAさんに対して、男性はこのように答えたそうです。
「A君。海の男たちが女装するなんておかしな祭りだと思うかもしれない。でもね、人間誰しも、男性、女性の両面を内面に持ち合わせているんだ。男だから男らしくあるべき、女だから女らしくあるべきなんて、人間そんなに単純じゃない。君ももう少ししたらわかるよ」
LGBTという言葉が使われるようになる十数年も前の話です。

「俺たちはこの日、全力で女になる。自分の中の女性を解放してやるんだ」
そういって男性はつぅーっと浴衣の裾を捲って脚を露出させました。

その脚はムダ毛一つない綺麗な脚だったと言います。

「今日、女性になることで明日からまた男性として頑張れる。漁に出られる。A君も今日は私たちの仲間。さぁ、行くわよ」

「はい、お姉さま!」

A君は全力で祭りを通して、自分の中の女性と対話したそうです。今まで向き合うことをしてこなくてごめんねと。海に浸かり呪文を唱えていると、海の神様がAさんの中の女性をワンランク上にアップしてくれている、そんな気分になったといいます。

Aさんねぇ、それから毎年、その島の祭りに参加しているそうですよ。
今年は三か月前から準備していたのよと、エステと筋トレを欠かさないという自慢の脚を見せていただきました。ベージュのヒールパンプスがとってもお似合いでしたねぇ。

2022年8月


I川J二先生風の語りを目指しました。

爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!