海老たち【掌編】1,603字
そこは海鮮物が揃うビュッフェ。
タイやヒラメの刺身、マグロや赤貝の寿司、ワタリガニのケジャン、キンメの煮つけ、あん肝、フカヒレの姿煮。
各々目を付けた食材を手に取り、自分でグリルして食べることもできる。
毛ガニ、ズワイガニ、アワビ、ハマグリ、サザエ、イカ、タコ。カブトガニやオオサンショウウオなんていう変わり種まで。
客たちは網の前で目を光らせて舌なめずりをしながら食べ頃を待つ。
俺は何と言っても車海老の丸焼きが一番好きだね。1人で50尾も100尾も食べちゃう。伊勢海老やロブスター、セミ海老なんかもあるが俺は車海老がいい。
香りも味も一番だと思っている。
だから、俺は他の海老や魚介には目もくれずひたすらに車海老を貪り食う。
知ってるか。海老っていうのは死んだらすぐに味が落ちていく。だから、こういう所では生きたまま保たれているんだ。
その店でも海老たちは氷水で仮死状態にされている。人間は生死の境をさまよっている海老を手に取り、火で炙りとどめを刺す。氷地獄から灼熱地獄。
海老を氷漬けしているのだって、海老に苦痛を与えないためではない。人間が食べやすいようにするためだ。暴れられたら面倒だからな。
俺は生簀から10尾ほど掴み取り自分の網に並べる。仮死状態の海老たちはたまにピクりとすることはあっても暴れることなく静かに死んでいく。
8割ほど焼けたら海老たちの死体を俺は皿に移す。手づかみでは喰わないよ。熱いからな。俺は今まで数えきれないほどの海老を捌いてきた。フォークとスプーンがあれば瞬く間に殻を脱がすことができる。
桃色に少し青い部分の残る海老の身。火の通った身は口の中で弾けて芳醇な香りでいっぱいにしてくれる。それでいて生の部分はとろけて舌に絡まりついてくる。
食感のハーモニーが俺を堪らなく興奮させる。
頭の部分ももちろんいただく。じゅるりと脳髄をいただいている感覚がたまらない。味はもちろん言うことなしだが、それよりも生き物を、俺の為に死んでくれた命を残らず吸収していることに恍惚とする。
10尾なんてあっという間だ。気付けば抜け殻の山。
もう10尾、もう10尾、もう10尾。
俺は海老にしてみたら悪魔のような存在。何の躊躇もなく彼らの命を貪り食らう。
取りに行っても車海老が補充されていないこともある。それは仕方がない。海老は人気だからな。
店員もそれが分かっているからすぐに補充してくれる。店の奥の生簀からその氷水に海老を移すんだ。俺はそれを間髪入れずに捕まえる。
氷水にはまだ一瞬しか浸かっていないわけだから仮死状態にはなっていない。俺は暴れる海老たちを押さえつけて自分の席に持って来るんだ。
そのまま網に乗せても跳ねていってしまう。俺は海老の頭と胴を両手で掴む。理性では可哀想とは思うが欲望には逆らえない。
捻るようにすると大して力を入れなくても彼らの身体はプツり。そんな状態になってもピクピク動いているよ。哀れとも生きがいいとも思う。そのどちらも俺の食欲を刺激するんだ。
頭の方は締めの鍋にでも入れようかと脇にまとめておく。
次々に切り離した海老だった物の胴の部分だけを網に乗せていく。そうなるともう海老には見えないよな。ただの食糧だ。
焼けたら同じように貪り食うだけよ。
十分食って大満足。そして、ふと引きちぎった頭の方に目をやる。首だけになったそれはもう絶命してると思うだろ?
それがまだ動いてるんだぜ。もう身体はないから跳ねまわることはできない。だけど半透明の皮膚の下、何やらモゾモゾモゾモゾと臓器が機能しているのがわかる。
もう身体はとうに焼かれて俺の腹の中。首だけになった彼らは一体何を考え何を感じ何を願うんだろう。
それを見た俺はもう1皿いきたくなるのよ。もう腹はパンパンなんだけどな。
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これは「なぜ人を殺すのか」との問いにある男がした例え話である。
この話を聞いて私はそれまで好きだった海老が受け付けなくなってしまった。
2021年6月
見出し画像にイラストをお借りしました。
私も海老が好きです。でも、蟹の方が好きかな。
爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!