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最悪な一言から始まる恋【BL?掌編】

出会い(946字)

「縮んでるね」

ボクとシンタさんの出会いは最悪だった。

大学時代、運動部に所属していたボクはよく近くの銭湯に通っていた。単純に風呂好きだったし、部活で疲れた身体を癒す目的もあった。

特にサウナがお気に入りだった。大学でサウナの素晴らしさに気づいたボクはサウナと水風呂を何度も行き来する。

その日もひと通りのルーティーンを終え、サウナと水風呂のエンドレス往復を楽しんでいた。

水風呂で火照った体を冷やしていると……。

「縮んでるね」

後から来た男性に声をかけられた。

一瞬何のことかわからなかった。「ちぢむ……?」すでにサウナと水風呂の往復を数ターンキメていたボクの頭はクリアではなかった。

短髪で筋肉質、わざとらしいほどにこやかな笑顔の男性を見つめたまま、しばしボーゼンとしていた。

この瞬間、恋に落ちたんだと、後に彼はボクに語る。

彼は数秒か数コンマか後、広めの水風呂で、10人はゆうに座れるスペースがありながらピッタリ隣に座ってきた。

そこでボクの鈍い頭はようやく理解した。水風呂の刺激が肌に突き刺さる感覚もクリアになった。しかし、身震いしたのは身体の冷えだけが理由ではなかった。

確かにボクはそっち系の人に好かれると自分でも思う。運動部なので適度に筋肉質、室内系なので色白。顔もどちらかと言えば中性的な方だ。自分で言うのもなんだけど人のよさそうな雰囲気。

「シンタ」と名乗ったその男性は再度「縮んでるね」と言ってきた。

返す言葉を持たない初心な十代のボクは、隠すそぶりをするしかなかった。

改めて自己紹介をしてきた彼は29歳の自衛官。この銭湯にはよく来ているらしい。

もうここに通うのやめようかなと考えていると、あることに気づいた。「縮んでいる」と思ったってことはオリジナルのサイズも見てたってこと?

それに気づいて急に怖くなったボクはさっさと切り上げて浴場を後にすることにした。

話をさえぎって立ち上がるボク。追いかけてくるかも……と不安になったがその様子はない。

安心して脱衣所で身体を拭いていると、「トシくん」と声をかけられる。軽々しく下の名前を教えてしまったのが悔やまれる。

身構えているとノートの切れ端を渡してきた。案の定そこには電話番号からメールアドレス、SNSまでひと通りの連絡先が記されていた。

一言二言何か言ってシンタさんは浴場に戻っていった。


思惑(651字)

前回までのあらすじ
大学生のトシと自衛官のシンタの出会いは最悪なものだった。半ば無理やり連絡先を渡すシンタだったが……。

あれから二週間後。ボクはまた例の銭湯に来ている。

広いサウナの中、ピッタリ隣に腰掛けているのはあのシンタさんだ。

ボクにそっちのけはない。ただこの体験を面白おかしく話したら、思いのほか友人にウケた。ボクがひそかに思いを寄せる女の子、岸田さんもやけにノッて来た。

こんなにウケるなら……ボクは一度クシャクシャにした切れ端を広げて次の展開へと進むことにした。

さすがに電話番号やSNSを教えるのは警戒したので、Eメールの捨てアドを作って連絡。そして今に至る。

脳内ではいろいろとシミュレーションしていた。手を出して来たらこうしてこうやって抵抗する。

しかし、シンタさんは意外にも紳士だった。普通の日常会話。ボクの知らない自衛隊の裏話や他県進学組のボクには新鮮なその県のアレコレ。友だちとしてなら全然ありだと思った。ただちょっぴり、ボディタッチは多いとは感じていたけど。

それから月に1、2回はシンタさんと銭湯で落ち合うようになった。シンタさんは自分がオトコが好きだとは明言しないし、ボクから聞くこともなかった。

相変わらずボクは捨てアドしか教えていなかったけど、シンタさんからは毎日メールが来た。大した内容じゃない。今日あったことや今度○○行こうよみたいなとりとめのない内容。

それにボクは返信したりしなかったり。そしてボクはこの体験を学友に面白おかしく話していた。結構評判で知らないヤツが聞きに来ることもあってボクは得意になっていた。

何より岸田さんをはじめ、女子たちの食いつきが凄くてそれが童貞のボクには刺激的だった。


告白(538字)

前回までのあらすじ
その気はないトシだったが、大学で話のタネになるかもと思いシンタと交流を持つことを決める。意外なシンタの魅力に徐々に心を開いていき……。

シンタさんとは基本的に銭湯以外でしか会わないことにしていた。ただ焼肉につられてBBQにお呼ばれしたことはある。他の人もいるって言うから行ったのに二人っきりだった。たまたま遊びに来た隣の奥さんが参加してくれたので助かった。

隣の奥さんが来たとたん急に男らしくなったシンタさん。ザ・自衛隊員って感じで爽やかさすら感じた。余談だが自衛隊では中隊長として隊をまとめているらしい。

BBQの後、執拗に泊っていけと言うシンタさんを無視してボクは帰った。身の危険を感じたのはこの時ぐらいかな。

こんな関係を続けていたある日、シンタさんからメールが来た。

「好きな人がいるんだけどトシくんの考えを聞かせてほしい」

そんな一文から始まるメールは強烈なものだった。割愛するが、そこにはつらつらと長文でその人のどこが好きなのかということが書かれていた。

言うまでもなくそれはボクの特徴そのものであった。さすがに気分が悪くなって大分序盤で読むのをやめたが、スクロールしてもしてもなかなか終わらなかった。

もちろん既読スルー。

返事が待てないとばかり、結構すぐに「実はトシくんのことなんだ」とシンタさん。生まれて初めてのラブレターが強烈なものになったなと軽くドン引きしつつも、新しいネタが出来たとほくそ笑むボクもいた。


秘密(863字)

前回までのあらすじ
ついにトシに告白したシンタ。今まで通りの関係を続けていこうとするトシだったが……。

こんなことがあってからもシンタさんとは銭湯で会っていた。

無事?カミングアウトがあったのでボクはシンタさんに聞いてみた。

「シンタさんってオトコが好きなんですか?」

「いや、誰でもいいってわけじゃない。若い子に限るのよ。大学生ぐらいの若い子しか興味ない。その中でも俺っちはトシくんみたいに色白で肉付きのいい……」ここまで聞いて脳がシャットアウトした。

しかし、続く言葉の衝撃でボクの脳は無理やり再起動させられた。

「俺っちは妻もいるし、子どもももうすぐ1歳」

両方イケるのはこの際置いておこう。妻も、そして子どももいる? ……ボクというものがありながら? いやいやいや、この思考はおかしい。言い直そう。

ボクにあれほどアタックしておきながら、熱烈なラブレターもよこしたくせに妻も子どももいる?

両刀カミングアウト以上にショッキングな家庭持ち事実を知り、その後どうやって帰ったか覚えていない。

それ以来何となくシンタさんと距離を置くようになった。反比例するようにシンタさんからのアピールは熱を増した。

ボクの誕生日に「L・O・V・E」の文字が入ったビーズの手作りストラップ(秒でゴミ箱行き)をくれたのも大きい。

大学でシンタさん話に食いつく友人はまだまだ多かったが、ボク自身飽きてきていた。岸田さんに彼氏ができたのも理由かもしれない。

ケータイを替えたのをきっかけにシンタさん専用捨てアドにはログインしなくなっていた。

半年後思い出したようにログインしてみる。パスワードは「hentaishinta」だ。覚えている。

受信欄にはあれからも毎日のようにメールが来ていた。しかもボクが読んでいないのなんでお構いなしとばかりに日常のできごとが書き連ねられている。

さすがにゾッとして縁を切ることにした。もう切れていたのかもしれないけど。それからそのアドレスにはログインしていない。

していないというかできない。パスワードは覚えているが肝心のアドレスを忘れてしまった。

シンタさんが言ったこの言葉が頭に残っている。

「俺っちとトシ君はよく似ているよ。きみは気づいていないだけ」


再会(499字)

前回までのあらすじ
すれ違いから二人の交流は終わった。トシの頭にはシンタから言われたこの言葉がこびりついていた。
「俺っちとトシ君はよく似ているよ。きみは気づいていないだけ」
時は流れ…再びストーリーは動き出す!

あれから15年経った。

色白で筋肉質だったボク……いや俺はそれなりに黒くなって少しだけ腹が出た。酸いも甘いも経験して、部下に顔怖いですよと言われるくらいは凄みも出たと思う。

大学卒業後、県を出て就職した俺は、今10年ぶりにその県を訪れている。もちろん、仕事の用だ。

仕事終わり、ふとあの銭湯に行ってみようと思い立った。当時すでにボロだったのでやっているか不安だったが、相変わらずボロのまま営業していた。

そんなにうまい話はない。シンタさんを探したがいなかった。

諦めきれずサイトでそっちのけがある人たちが集まる場所を検索してみる。数か所ヒット。そのうちの一つが近くにあるので、ダメ元で足を運んでみることにした。

そこは雑居ビルに構えたよくあるゲイバーだった。

注文を済ませ店内を見渡す。

奥の席に短髪、筋肉質、相変わらずのにやけ顔の男が一人。30からの15年とハタチからの15年。時間の流れは違う。それほど変わらないシンタさんに比べて俺は大きく変わった。

いろんな感情が交錯する中、話しかける。

「だれ? 悪いけどオッサンには興味ないんやわ」とシンタさん。

落胆はなかった。

俺もいつものように若い子に声をかけることにした。


2020年9月


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見出し画像にお写真をお借りしました。このような話に使ってしまい恐縮です。


爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!