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亡霊たちの未練は?【小説】1,095字

向こうで壁に向かってブツブツ言っているのは?

欲しい物が割引になるまで待っていたら買う前に死んじゃった亡霊ですね。

じゃあ、あのしゃがみこんでいる人は?

ああ、共同購入したのに自分が使う番が来る前に死んじゃった亡霊ですよ。

へぇ、あのひたすら頭を壁に打ち付けている人は?

あれはSNSのレスバトルでせっかくいい返しが思い浮かんだのに書き込む前に死んじゃった亡霊です。

なんか……あれですね。言ったら悪いですけど、しょうもないというか。ろくな人生を送ってこなかったんだろうなぁって思っちゃいます。

そんなことないですよ。あのブツブツ言っている人、実は国のトップを経験した人ですよ。

えっ? そういえば見覚えが……。じゃあ、買い物っていっても国家レベルのスケールの大きい話だったんですねぇ。

違いますよ。趣味のAV機器を買えなかった未練です。数千円の割引を待っていて買えなかったことを悔いているんです。

へぇ、でも、もっと悔いることはあったんじゃないんですか?

重大なことは覚悟や決意が伴うので失敗しても満足していることが多いらしいんです。諦めがつくというんですかね。

ほら、あそこでひたすら草むしりしている亡霊を見てください。あの人は傘をパクられて犯人に仕返しができなかったことが心残りなんです。

まあ、些細なことではありますが、他の人に比べれば、多少はまともな未練に聞こえないこともないですね。恨みというのは成仏できない亡霊の存在理由としてしっくりきます。

でもね、あの人、もらい事故に巻き込まれて死んでるんですよ。そのことについては未練がないらしいんです。自分でも驚いてるって言ってましたよ。

へぇ。そうなんですか。なんとも言えないですね。

ところで、あなたはなぜ亡霊に?

私は生前、小説を書いていて何とか出版まで漕ぎ付けたはいいものの、出した本が三千部しか売れなくて……。せめて一万部売れれば未練なんて無かったんでしょうけど。

奇遇ですね! 私も同じですよ。でも、私は一万部は売れましたがせめて十万部は売れて欲しかった……。でもね、あっちでひたすら腹筋している人、いるでしょ?

はい、あの坊主の人ですか?

ええ、あの人も小説家だったんですけどね、五十万部は売れたけど百万部売れなかったからって亡霊になってるんですよ。

ひぇー、私にとっては羨ましいかぎりですけどねぇ。百万部が満足するかどうかの境目なのかもしれませんね。

そう思うでしょ? でもね、あの這いつくばって地面を舐めている人、五千万部売り上げた世界的な大作家だったんですよ。一億部に届かなかったからって亡霊に。噂では五億部売り上げた歴史的大作家先生も亡霊になってるらしいですよ。


2021年8月


見出し画像に写真をお借りしました。


爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!