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六色の虹【小説】1,029字

忘れられない虹がある。

ベランダからかかるその虹を一緒に眺めた妹はもういない。

俺が小学3年生、妹が1年生の頃の話。

理科の授業で虹の原理を習った俺は妹のかえでに得意げに説明していた。

妹はよくわからないようだった。とはいえ、俺も完全に理解していたわけではない。いまいちわかっていないヤツが説明しても相手はわかるはずもない。

ただ、俺のつたないい説明でも妹に虹を見たいと思わせる効果はあった。俺もこの新しい知識を試してみたかったのでちょうどいい。

俺たちはベランダで実践することにした。

果たしてうまくできるのか、誰かに見られやしないか、様々な不安が頭をよぎったが、やってみるとすんなり成功できた。

小さく可愛らしいながらもちゃんと虹の形をしている。

自分が作り出した芸術品に俺は恍惚とした。すると、自分もやりたいと言う妹。

「楓は女なんだからできるわけないだろ」

そう冷たく言い放つ俺。見るからにしょんぼりする妹を見て心が痛んだ。なぜか妹の記憶で一番鮮烈に残っているのはこの思い出である。

妹が出ていく前夜に二人で語り合ったときでも、手術前の不安な気持ちをぶつけてきたときでもない。


20年後、俺と弟は河原に来ていた。

ここは幼い俺たちの遊び場の一つだった。

あの頃と何も変わらない風景。変わったのは俺たちだ。俺は少しだけ大きくなり、隣にいた妹はもうどこにもいない。

俺たちは妹の思い出を語る。

妹は20歳で上京し、働いていたが数回手術した。その何回目かの手術の後、二度と妹に会うことはできなくなった。

いろんな感情が湧いては流され湧いては流されていく。目の前の川面みたいだと思った。

俺の隣にいる元妹、否、弟は言う。

「兄ちゃん、一緒に虹作ろうぜ」

楓真ふうまに名を変えたその男にとってもあの幼い記憶は特別だったらしい。

断る理由はない。

俺たちは周りに人がいないのを確認すると、虹作成の準備に取り掛かった。

きらめく二筋の線。

ほどなく、楓真は立派な虹をかけた。あの時の俺の小さなそれとは違い、力強く大きなカーブを描いている。

一方で俺は虹をかけることができなかった。

楓真の虹の始まりに目をやる。

「立派な虹だなぁ。負けたよ」自然と口に出る。

「でも、兄貴のあの虹がなかったら今の俺はいなかったんだぜ」

負けそうな時、くじけそうな時、あの虹の記憶をバネに頑張ってきたと言う。

できることなら二筋の虹をかけたかった。

苦い思い出に綺麗に上塗りはできなかったが、焦ることはない。またいつでも虹をかけることはできるのだから。法が許せばね。

***

「街路又は公園の他公衆の集合する場所で、たんつばを吐き、又は大小便をし、若しくはこれをさせた者」は1日以上30日未満の拘留または1,000円以上1万円未満の科料が科されると『軽犯罪法第一条』に記載されています。

2020年10月



見出し画像にイラストをお借りしています。


6色のレインボーフラッグといえば、LGBT+やその運動を象徴するものです。嘲笑するものでなければ、題材にした笑い話があったっていいと思い、これを書いた記憶があります。



爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!