ある議論【小説?】2,987字
「人間でしょ」
「命になんて価値はない」
「どんな命も平等だと思う」
「そうだよ、動物も人間も生きとし生けるものの命はみんな尊い」
***
「どっちも助けるってあり?」
「だよね、両方のボートを後ろから押して泳ぐとか」
「はい! まずは泳げない動物を助けて、人間には泳いでもらいます」
「金づちだったら死ねってこと? ひで~」
「ちょっと待って。論点ズレてきてない?」
「そうだよ。例え話なんだから」
「どっちの命を選ぶかって質問じゃん」
「だったらさっきと同じじゃね?」
「命は平等でしょ」
「それな」
「そうだけど……この質問はどう優先順位をつけるかって質問でしょ? 動物の命と人間の命、どちらも大切だけど選ばないといけない状況になったらどちらを選びますかってこと」
「だったら、人間かな」
「動物は純粋なんだよ。そんな人間の勝手で命を取られるのはおかしいです」
「誰がいつ『人間の勝手』って言いましたか~? ボート云々は例え話って聞いてなかったんですか~?」
「それでも私は動物を選びますぅ~! 動物は可愛いから」
「可愛くない動物かもしれないだろwww 猛獣だったらどうすんだよ」
***
「さすがにペットじゃね?」
「人間の命は大切ってわかってはいるけど、選べと言われたらペットの命を選ぶね」
「迷わずペットでしょ」
「満場一致?」
「私は人間の命の方が大事だと思います」
「え~、ペット飼ったことなさそう」
「ペットでも家族なんだよ」
「ペットを一度でも飼ったことがあるならそんな風には思えないよ」
「『人間の命は何よりも優先されるべき』。そういう前提の基、社会は成り立っています。その前提が曖昧になると社会全体の根幹が崩れてしまいます」
「それはわかるけどさ、同じ命に変わりはないわけだし……」
「『動物の命は人間の生活を脅かさない場合に限り尊重される』。社会はそういう前提だと思います。だからこそ、害獣や野良犬、野良猫が駆除されるんだと思います」
「それは人間のエゴじゃない? そんなんで駆除される動物たちが可愛そう……」
「野良犬や野良猫が駆除されるのは許せない!」
「だよね、人間の悪い部分じゃん」
「じゃあ、野良犬が他人を襲っても助けないのかよ。恐ろしい世の中だ」
「でも、殺すことはなくない?」
「人のペットのせいで自分の家族が死んだらとは考えないのかよ」
「自分の家族のせいで人のペットが死んだらとは考えないのかよ」
「避難所でそういう問題になることはありますし、実際ペット一緒だと入れないこともあります」
「待って、また論点ズレてきてない? ペットと人間どっちの命を優先したいかって話だったけど……」
「それ、違うよ。どっちを優先したいか、じゃなくて優先すべきか、でしょ。したいかだったら感情の話になってしまう」
「はぁ? 言っている意味がわかんないんですけど。揚げ足取り止めてもらえますか」
「いや、俺もそう思うよ。感情で話をしても意味がない」
「人間なんだから感情があるでしょうが、お前はロボットかよ」
「感情論じゃなく理屈で話をしようって言ってるんだと思うよ」
***
「ペットの命に決まってるくない?」
「でも、感情ではもちろんペットだけど、犯罪者も人間って考えると……」
「何の犯罪をした人なのかによる……のかな?」
「万引き犯はよくて死刑囚はダメみたいな線引きをするってこと?」
「万引きも立派な犯罪なんですけど」
「はぁ、もうお前黙ってろよ」
「質問は単に『犯罪者』ってしか言ってない。犯罪の重さに関わらず犯罪者の人権を認めますかってことだと思うよ」
「そういう考えで言えば……やっぱり、一匹のペットと犯罪者だろうと嫌な奴だろうと一人の人間の命だったらどっちを選ぶっていう話になると思う」
「感情ではもちろん、ペットだけど、人権とか云々の話になると犯罪者なのかな……?」
「でも、感情論だと言われようが私はペットを選ぶと思う」
「私も」
「俺もそうかな」
「近年のペットを人間の家族のように愛するっていう風潮は個人的にはいいと思います。社会が豊かになって、動物か人間かなんて選択を迫られなくなってきた証拠ですし。実際、私もペットを飼っていて人間の家族と同じように愛しています。でも、やっぱり、動物と人間は線引きされて人間が優先されるべきだと思います。それはいい悪いではなく、人間を中心とした社会の根柢の部分であり、疑いようなく確固たるものでなければならないと思っています」
「言ってる意味わかんないよ……」
「僕もその意見に賛成します。他の人間を最優先しないのであれば、もはや社会である必要はありません。個の時代。すでに個の時代に入っているのかもしれませんね。社会は崩壊していくんでしょうか」
「大げさwwww」
「人間より自分のペットを優先しただけで社会崩壊とか草」
***
「感情論抜きに考えれば殺人犯でいいよな」
「殺人犯含む人間ってことで」
「あのさぁ、感情論、感情論って言うけど感情で語ることの何が問題なわけ? 実際にどっちかしか助けられない状況で親を殺した犯人を選ぶ奴なんているの? そんなのサイコパスじゃん」
「ん~、それも一理ある」
「実際、人間は感情抜きで行動なんてできない。だからこそ、法律やルールが必要になってくるんだと思います。目の前の殺人犯がどんなに憎くても、人間である以上救済されないといけない。それが人間が作った社会です。自分が犯罪者になってしまった時の救済にもなります」
「はぁ? 自分が犯罪者ってあんた……」
「可能性の話でしょ。冤罪とかもあるわけだし」
「じゃあ、殺人犯よりもペットを助けたいと思っても、殺人犯の方を優先される法律があるべきで、それに従うのが正解ってこと?」
「破ったらペナルティもありで。納得はできないけど」
「正解っていうか、いい悪いでもなくて、それが人間が作り出した社会なんでしょ。『人間の命は最優先』。それが社会の大前提」
***
「……」
「結局は同じじゃん。どっちを優先すべきかに違いはない」
「だったらペットを殺すってこと? 親を殺した殺人犯じゃなくてペットを殺すの? おかしくない?」
「だ~か~ら~、感情ではセーブできないから法律やルールで縛ってコントロールするってさっき話終わったじゃん」
「でもさ、殺すってなったら自分も法律を犯してない?」
「いや、それも例えなんじゃね。『救う』と『殺す』。言葉は違っても結局どっちを優先するかって同じ質問だろ」
「言い方ひとつ、印象で操作されるんだから、やっぱり法律やルールで縛るべきだわ」
「どんな奴でも命は何よりも優先、人間だったら」
***
2021年8月
見出し画像に写真をお借りしました。
爪に火を灯すような生活をしております。いよいよ毛に火を灯さなくてはいけないかもしれません。いえ、先祖代々フサの家系ではあるのですが……。え? 私めにサポートいただけるんで? 「瓜に爪あり爪に爪なし」とはこのことですね!