見出し画像

海と毒薬/#0 ふしぎを追う、悲劇が始まる

なぞなぞ。「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足のものは何か」

そう、答えは「人間」です。
赤ちゃんの時はハイハイで、成人すればテクテク歩き、老人になれば杖をついて歩くからです。スフィンクスが出したなぞなぞで、ご存知の方も多いかと思います。

『海と毒薬』ではスフィンクスが象徴的に登場し、重要な役割を演じます。スフィンクスの寓意によってこそ「物語が単なる恐怖の事件小説ではなく、多様な問いと、多様な意味の発見を含意する作品に変貌」しているとの指摘もあるほどです(テレングト・アイトル, 2003)。

そこで今回テーマはスフィンクス。本編に入る前に、スフィンクスの背景についておさらいしておきたいと思います。

ギリシアのスフィンクス

むかしむかし、ギリシアにテバイという都がありました。そこの王ライオスは、やがて生まれる自分の子の手によって殺されるという、恐ろしい神託を受けます。そこで子供が生まれるとすぐに召使いに渡して、山深くで捨ててきて、この世から葬り去るようにと言いつけます。
しばらくたってライオスは、再び神託を受けるためにお出かけします。その途中で殺されてしまいます。逃げ帰った召使いの報告では、盗賊の仕業だそうです。テバイの人たちは、王を殺した犯人を探そうとしますが、それどころの騒ぎではない大事件が起きます。スフィンクスが例のなぞなぞを出して、答えないテバイの人たちをどんどん殺していくのです。
そこへたまたま旅をしてきたオイディプスがやってきます。彼は見事なぞなぞを解きました。面目を失ったスフィンクスは自殺します。オイディプスはテバイの国を救いました。そして人々に推されて、新しい王様になり、先王の妃イオカステを妻とすることになりました。
それからしばらく平和で幸せな時間がたち、オイディプスには4人の子どもが生まれました。しかし再び、テバイに災難が降りかかります。疫病がひろがり、作物は枯れ、家畜は死にます。
国を救うためにどうすればいいのか。困ったオイディプスは、先王と同じように神託に頼ります。
それによれば、今のテバイは汚れており、先王を殺した犯人を罰することが浄めの途だそうです。そこでオイディプスは、先王を殺した犯人を必死で探します。最強の予言者を連れてきます。

予言者は「ああ!知っているということは、なんという恐ろしいことであろうか(中略)わしを家へかえしてくだされ。あなたもわしも、つらいさだめに堪えぬくための、それがいちばん楽な途じゃ」と言って帰して欲しいと懇願します。

しかしオイディプスは「知っていながら言わぬ気か。われらを裏切り、国を滅ぼそうとしてるのか?」と言って迫ります。

予言者はついに告げます。「あなたの尋ね求める先王の殺害者は、あなた自身だと、申しておる。(中略)あなたはそれと気づかずに、いちばん親しい身内の人と、世にも醜い交わりをむすび、しかも自分の置かれた運命が、どんなに恐ろしい不幸であるか、それがあなたには見えないのだ。(中略)あなたの父と母と、両親の二重の呪いが、おそるべき足どりであなたを追いかけ、いつかこの土地からあなたを追い出さずにはおかぬであろう

予言者曰く、犯人はオイディプス本人でした。
えー!!!!! にわかには信じられません。
それからあれこれ調べますが、調べれば調べるほど、予言が正しかったことが明らかになります。

びっくりです。オイディプスの母であり、妻でもあったイオカステは、夫によって夫を生み、子によって子を生むという、忌まわしい運命を嘆きながら自殺します。
そしてオイディプスはイオカステの亡骸から留金を引き抜き、「もはやお前たちは、この身に降りかかってきた数々の禍も、わしみずから犯してきたもろもろの悪業も、見てくれるな!いまよりのち、お前たちは暗闇の中にあれ!」と叫びながら、自分の眼を深く何度も突き刺します。

幼い娘たちとの別れを惜しみつつ、オイディプスは自ら追放されることを願います。娘たちと別れる前のオイディプスの言葉です。

「わが子らよ、お前たちには、お前たちがもう物知り分ける年ごろであったならば、言ってきかせておきたかったことが山ほどある。だがいまは、ただこれだけのことを祈るがよい ―― いずこであれ、お前たちに許されたところにあって生を送り、そしてお前たちの生涯は、その身を生んだ父親よりも、仕合せなものであるようにと」

ソポクレス『オイディプス王』(藤沢令夫訳, 岩波), p.131

物語は次のように結ばれます。

何らの苦しみにもあわずして この世のきわに至るまでは、
何びとも幸福とはよぶなかれ。

ibid. p.133

おしまい。

悲劇的な予言がされ、それを避けるべく都度都度よい選択をしていたはずなのに、それが布石になったりして、悲劇的な運命に誘われていくという、大変なお話です。スフィンクスの謎なんて、もうどうしようもありません。謎を解けなかったら殺されてしまうけれど、解けたところで悲劇的な結末を迎えるのです。どのみち悲劇じゃん!詰んでるじゃん!!

次の2点をオイディプスの悲劇の中で強調しておきたいと思います。

  1. 「謎を解きたい/犯人を探したい」等の〈ふしぎ〉を追いかけたいという欲求(あるいは追いかけなければならないという使命感)が満たされた先に、自己破壊的な結末が待っていること。

  2. 運命の前にしたときに、人間はどうしようもなく弱い存在であること。

これは『海と毒薬』を読み進める上での鍵になると、ロバは考えています。

もう一つのスフィンクス

スフィンクスと聞いてもうエジプトのピラミッドを思いだす方もおられると思います。こちらはピラミッドを守護しており、「力」の象徴です。悲劇的な運命と結びつく寓話とは程遠い存在で、禍を避けるための守護霊と考えらえられています。

ギリシアとエジプトのスフィンクス。この二面性。人間を翻弄する一方で、守ることもある。そんな超越的で絶対的な、困った力。このどちらも意識して『海と毒薬』は書かれているようです。

次回予告と参考文献

次回からいよいよ、本編に入っていきます。次回は『海と毒薬』の中でスフィンクスが果たす機能について中心に見ていくつもりです。

今回の記事を書くにあたって参考にした文献を上げておきます。
ご関心があればお読みくださいませ。

お仕事もあるので更新が不定期になるます。悪しからず〜。
❤️を押してもらえたりコメントもらえたりするとすっごく喜ぶのでぜひ!

それから『海と毒薬』はTwitterのフォロワーさんからいただきました!
本当にありがとうございます!!!
Amazonほしいものリストから買っていただいた本はこうして記事にしますので、よければ覗いてください!!お願いします!!!

それでは!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?