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抗がん剤が始まってからのこと

私はFECという抗がん剤を使った。これはいくつかの薬が混ざったものだ。

F フルオロウラシル E エピルビシン C シクロフォスファミド

主治医はFECが一番切れ味がいいと言った(ビールみたい!)。でも同時期にネットで友達になった乳がん友達の間では、FECはそんなに聞かなかった。ECやACの人が多かった。

Fは5-FUという名前で単体で使われることもあるのではないかと思う。というのも、私の母がすい臓がんの闘病中だったときに、5-FUを少しずつ体に入れていく療法をやっていたからだ。ポシェットのようなものに、この抗がん剤を入れて、鎖骨下に埋めたポートから少しずつ体に入っていくようにする。正直、これは気休めの治療だったと思う。すい臓がんはとにかく予後が悪いから。

乳がんになってから知ったのだけど、すい臓がんと乳がんは遺伝的関係があるらしく、すい臓がんの希望の星のように言われていた「ジェムザール」という抗がん剤(これもすい臓がん患者には大して効き目はないのだけど)も、乳がんのステージが進んだ場合は使うことができるようだ。私の乳がんは遺伝性なのかなあ。遺伝性かどうかの検査が去年か今年から保険適用になったらしく、私はその対象に当てはまるのだけど、知ったところでアンジーみたいにもう片方の胸や子宮と卵巣まで予防的に切除する勇気はないから、調べるつもりはない。

さて投与について。4年以上前のことになるので記憶が100%あっているかはわからないが、まず病院に行って血液検査をする。血液検査の結果が出る間、体温を測る。診察室に呼ばれて、体調などを聞かれ、その日の体温と血液検査の数値に問題がなければ、「行ってらっしゃい」と化学療法室(ケモ室という人も)に送り出される。

初回はいいんだけど、抗がん剤は免疫を下げるので、2回目からは白血球値が恐ろしいほど下がる。あまり低いと抗がん剤治療は見送りとなる。でも最近は白血球を下げないようにするジーラスタという薬があって、確か投与の翌々日くらいにこの注射を打ちに行く。

ケモ室は私の病院は大きいので40席ほどの点滴用のリクライニングシートが並んでいて、カーテンで仕切られている。抗がん剤は毒性が強いので、完全防備の、まるでコロナ病棟のスタッフのようなかっこうをした看護師さんたちがうろうろしている。顔にかからないようにフェイスシールドもしている。私なんかその薬を体の中に入れられるんだから、ちょっと飛んで服や顔に一滴着くくらいよくない?と思ったけど、看護師さんたちは完全防備。病院によっては、点滴後のトイレは、ふたを閉めてから流すように、とか言われるところもあるみたい。

40席あっても待たされることが普通で、しばらく待ってやっと中に呼ばれ、その日のシートの番号を伝えられる。私はFECに続いてハーセプチンという分子標的薬も点滴するコースだったから、最初の血液検査も含めると、10時に病院について、14時過ぎに病院を出られればいいくらいだった。

まず、吐き気止めなどの薬が点滴される。あ、点滴の針を刺すのは必ずドクターじゃないといけなくて、手が空いている乳腺の先生が針を刺しにくる。吐き気止めが終わるとFEC。これも全部がミックスされたものではなく、3つの薬を別々に点滴していく。どれか忘れたけど、赤い薬があって、それが入っていくときは血管がとても痛い。確か温めたタオルを腕において痛みを緩和してくれた。それから口内炎になりやすくなるので、それを防ぐためにも、投与中は氷をなめるように勧められる。この赤い薬が、その日夕方過ぎまで尿に混ざって出てくる。

ハーセプチンは心毒性があるので定期的な心臓の検査はあるが、吐き気や脱毛などの副作用はない。

初回の投与のとき、特に問題なく投与後も1時間くらいかけて家に戻れたし、帰宅後も普通に過ごせていたから「あれ?抗がん剤ってこんなもん?」って思っていたら、夕方過ぎに急に脳貧血のようになって、立っていられなくなった。頭の中の血流がヒュンヒュン音を立ててるのがわかった。小学2年生の息子をリビングに一人にして私は布団に入るしかなかった。あの日、夕ご飯は何を食べさせたんだっけなあ。夫が早く帰ってきたんだっけなあ。

2回目からは具合が悪くなる前に布団に横になることを学習した。

投与後3日間分の副作用軽減の薬が出る。吐き気止めとステロイドと便秘薬だっけな??吐き気止めが改良されていてよく効くので、抗がん剤というと、トイレに駆け込んで吐く、みたいなイメージだと思うけど、それは全くない。吐き気をとめる、つまり胃腸の動きを止めるわけなので、便秘が起こる。こっちのほうがもうずっと苦しい。

味覚がとにかくわからなくなり、何を食べてもまずい。粘膜がやられるので、口内炎になりやすくなるし、私は目の粘膜もやられたと思う。目がとにかくひりひりして痛かった。ドライアイ用の目薬も処方してもらったけど、効いていたとは思えない。あ、あとのどの違和感がすごかった。これも粘膜系がやられたからだと思うけど、つばを飲み込むときも異物感があって、「乳がんだけで十分なのに、食道がんにもなってたらどうしよう」ととても不安だった。

脱毛は癌友に聞いてもみな判で押したように14日目に始まる。1回目の投与で落ち武者のようになり、2回目にはほぼ全部抜けたと思う。私は1回目で抜け始めてから、夫にバリカンで坊主にしてもらったけど、襟足とか少し抜けずに残ってる人もいて、抜け残りを生かして、その上に帽子をかぶると言う人もいた。

一番つらい副作用は、私にとっては味覚がわからなくて何を食べてもおいしく感じないことだった。かろうじて果物とか酸味があるものはわかった。

私の抗がん剤治療の時期は、夫と息子は別の部屋に寝てくれて、私は2人に気を遣わずに苦しんだり泣いたりスマホを観たりできた。ステロイドをのんでいるので興奮気味になるのか、とにかく夜寝られない。夜な夜な、クッキング系のチャンネルをYouTubeで観ていた。元気になったら美味しいものがたくさん食べたい!と思った。

3週間おきに4回、FECとハーセプチンを投与、5回目からはハーセプチン単体で17回。ハーセプチンは1年間投与する薬。一度は息子の春休みと投与日が重なって、息子を連れて治療に行ったこともあった。ケモ室には小学生は入れないので、待合室でゲームをして待ってもらった。ニンテンドー3DSさまさま。

1年間のケモ室通いが終わるときは感慨深かったし、お世話になった看護師さんたちはみんな優しい人たちだったけど、もう2度とケモ室の敷居をまたぐことは嫌だな。

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