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さいたまから考える生物多様性まちづくり

 ここでは、都市づくりNPOさいたまが2013年~2020年に発行してきた「つくたま情報紙」より、特集記事をご紹介します。
 今回ご紹介するのは、2016年3月発行の第5号より、「さいたまから考える生物多様性まちづくり」特集です。


生物多様性が豊かだった、さいたま市

 さいたま市地域は、太古の昔から気候風土に恵まれた環境の良い場所である。そのことは、縄文の昔から途切れることなく人々が生活してきた痕跡が、市内各地に確認されることにも証明されている。

 荒川・入間川や元荒川の雄大な流れと、その氾濫原に広がる肥沃な大地、大宮台地を囲み入り組む浅い谷戸などにより、多様な地形が構成されていることが基盤となる。地球上でもっとも多くの生きものが生息するのは、陸域から水域へと連続的に変化する「エコトーン」であると言われており、低地と台地が入り組んだこの地域はまさに、多様な生きものの生息の場であった。

 稲作が広がってからは、低地の田んぼ、斜面や台地上の雑木林や畑を上手に利用する農の営みの中で、いわゆる里山における「多様な生きものとの共生」が続けられてきた。

エコトーンとは、環境が連続的に変化する場所を意味する

今そこにある危機 =「 エコトーン」の消失、乾燥化、屋敷林の消滅

こうした関係性は、さいたま市域では高度経済成長期以降に大きく変化している。住宅などがスプロール状に広がり都市開発が台地でも低地でも行われ、農地でも効率化・大規模化に伴い排水路や道路が整備され、環境の多様性と連続性=エコトーンが失われていった。都市化によって大地は水を蓄えることができなくなり、地域の乾燥化が急激に進んでいる。

 最近では、先人が災害防止のために大切にし、わずかに残っていた屋敷林や斜面林、社寺林が、次々に姿を消している。永きにわたり維持されてきたこうした場所には、知られざる貴重な生物が生息していることも多い。

 人口減少が始まった現代においても、さいたま市ではまだまだ都市開発が活発だ。時代の変化の荒波を乗り越え、かろうじて生き残ってきた生物多様性の場を将来に残すには、待ったなしの状況であると言える。

生物多様性の基本概念は「地球上には多様な生物が存在し、それらが多様に関わり合うことで生存が成り立っている」とされている。①生態系の多様性、②種の多様性、③遺伝子の多様性の3つの多様性から構成されており、私たち人間のいのちと暮らしは、生物多様性によりもたらされる恵みによって支えられている。
 一方で、生物多様性の保全は、特定の種“のみ” を保全するのではなく、それを取り巻く多様な生きものとその環境を対象としている。個人の庭に生えている草木やそこに息づく昆虫たちもまた、生物多様性を支える重要な要素であるという考え方だ。
 2010年に名古屋で開催されたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)では、人の営みによって維持されてきた多様な環境を保全することの重要性を謳った「里山イニシアチブ」が採択され、話題となった。

生物多様性保全の取り組みの現状

 さいたま市には「手つかずの自然」は存在しない一方、長きにわたり人が手をかけ続けることで維持されてきた環境が生物多様性の基礎を成している。このため、市民が「自分事」として身近な現場から保全するという意識が社会に浸透することが、大切な一歩目になる。

 さいたま市では、環境基本計画に基づき、いくつかの取り組みを始めている。生物多様性データの充実に向けては、さいたま市環境会議と協働で「みんなの生きもの調査」を平成25年度より開始。市内数カ所に設置した調査施設を中心に、継続的な生物調査を市民参加で行い、生きものデータの蓄積と結果の公表を始めている。また、公園や河川の調節池、施設の付帯設備として各地でビオトープの整備が徐々に進められている。こうした公有地での整備は、開発でなくなることがないので極めて有効かつ重要である。

 市内各地では、さまざまな市民活動団体が雑木林の下草刈りや水田の耕作、ビオトープの維持管理など具体的な保全作業を展開しており、事例がわずかずつ増加している。

 いずれの場所でも、自然環境を保全するためには手をかけることが必要であるとの基本認識から、市民と行政でそれぞれにできることを協議しているのが特徴である。一方で、活動を継続するための資金や、人材育成の面で苦戦している団体も多く見られる。

 ビオトープとして整備されている場所や活動が活発な場所は、見沼田んぼや河川沿い、台地の縁などに集中しており、都市部や台地内部にはほとんど存在しないことが図からも読み取れる。こうした場所はかつて、畑地や草地、雑木林であったが、水辺に比べて早期に開発が進められてきたため、残存している環境自体が乏しいことも理由の一つだろう。

さいたま市自然環境保全活動ホットマップ

さいたま市の生物多様性保全施策

 さいたま市の環境基本計画は2010年度に改訂を行った。ちょうどCOP10(生物多様性保全条約第10回締約国会議)名古屋会議が開かれたタイミングであったが、それまで「自然環境」という表現であった項目を「生物多様性」というキーワードを基にリニューアルすることとなり、環境審議会とは別に専門委員会を設けて集中的に審議することとなった。当NPOからは2人のメンバーがこの委員会にそれぞれの立場で参加して議論と答申の作成を行った。委員会ではまず、生物多様性の保全という視点で、さいたま市に具体的な施策やその基盤となる情報が「存在しない」ことを確認。生物多様性をめぐる世界的な動きや保全の重要性、さいたま市の現状から現在地を示しつつ、これから進むべき方向性について、42ページの報告書をまとめた。

 環境審議会はこの答申のエッセンスを環境基本計画の3ページに凝縮。これをさいたま市の生物多様性保全地域戦略として位置づけている。この中では具体的な保全策についての言及はないものの、現状を認めつつ、生きもの情報の蓄積や市民意識の啓発などから始めていくことを目標として掲げている。

提案  市民参加による生物多様性保全に向けて

1.市民の理解と参加の促進を

 生物多様性の保全は、残念ながらまだまだ社会の基本的な認知が低い。さいたま市環境白書では、生物多様性というワードに関するさいたま市民の認知度は、2010年の35%をピークに年々減少傾向にあり、2013年度は25%となっている。例えば、樹林が近隣住民による「落ち葉被害」によって伐採されてしまうことに象徴されるように、基本的な理解不足は保全どころか減少を招いており、理解の推進は急務であると言える。

 また、保全の現場においても市民の参加は不可欠である。公共予算削減や公共用地が限られているという状況下、保全活動を行う主体や場の確保に、市民の参加は欠かせない。本来、地域の環境は地域の営みによって守り育てられてきたものでもあり、市民が主体となってこれらに取り組む必要がある。

2.エンパワーメントの仕組みを

 市民が主体的に保全の役割を担うのに対し、これらの取り組みをエンパワーメント=力づける仕組みが不可欠である。活動を行うには、道具や費用、場所などが必要となるが、これらを行政や事業者が支援する仕組みを構築できなければ、取り組みはやがて疲弊してしまう。また、行政はこれらの取り組みを後押しする政策的な位置づけや、計画の策定、情報の共有を市民と積極的に進めていくべきだ。

3.戦略の共有を

 前述の専門委員会では、生物多様性地域戦略のイメージ図を4つの戦略目標と3つのフェーズから図示したが、これを再構築したものを提案したい。多面的に、効果的に取り組みを展開するためには、基本的な方向性を共有しつつ、各目標についての進行状況を確認し、連携することが重要である。この戦略図がその羅針盤となることを期待する。

さいたま市における生物多様性の戦略私案

生物多様性は我々の生存を支える重要な要素である。地球規模で考え、地元からそれぞれが主体的に行動することが、保全を進める一歩になると信じたい。【文責:安部邦昭】

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