筑紫一明

よろしくね。

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初めての味

 七月十四日の午後五時過ぎに自習用具をまとめた浜野が帰っていき、とうとう二人だけになった教室であちーあちーと机にへばりつく私をにこにこと見下ろして「初めての味を考えておいてね」と言ったその額にはやっぱり一滴の汗も浮いていなかった。いまだに彼女の汗を見たことがない。夏でも長袖だし体育ではジャージを着てるようだし、どれだけ制汗剤を塗りたくっているのかとかどうやって排熱してるのかとか気になって仕方ない。そのうち中から爆発するんじゃないかと半ば本気で心配しているのだが、えっと、今なん

    • ペガススとユニコーン

       優雅に空を翔けるペガススのことをさぞユニコーンは妬んでいるだろうと禽獣たちは噂しあい、実際に海の淵に向かって恨み言を叫ぶところをみたと野兎どもは吹聴するのだったが、しかし妬んでいるのはペガススのほうであって、その背にはえた鷲のように雄々しく白鳥のように麗しい翼を羽ばたかせながらも、胸中は森を歩き軟らかい新芽を食むあの一角獣のことでいっぱいなのだった。やつめ、この羽を羨ましいと思わないのか。空を飛ぶこの自由さを僅かにも願ったことがないのか。いやそんなはずはない、あらゆる禽獣が

      • アルノーパ(あるいはアルノペウエルと呼ばれる妖精)

         アルノーパあるいはアルノペウエルと呼ばれるその妖精は、ひとまずここではアルノーパと呼ぶこととして、悪戯好きの妖精として知られるが、しかしほかの妖精たちとちがい、人間をそそのかし底なし沼に誘い込むことも、夜中に食器を割ることもできぬ非力さで、女神の怒りに触れて魔法を奪われたのだとある伝承は語るが、ともかく史料が少ないため判然としない。ひとつ確実なのは、アルノーパは噂の妖精、噂を語る妖精、噂を広げる妖精。以下は十六世紀の修道士マキーエンの手紙。 *  巡礼の折、司祭様にはた

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