熊撃ち猟師の生き様から、命の懸け方を考えた話
2019年11月3日〜4日にかけて、Another home Gujoのツアーイベント『本物の猟師と行く晩秋の奥山【熊撃ち猟師、人生譚の旅】』に参加したときの体験が強烈で、帰ったらすぐアウトプットしようと思っていたのに、結局途中で手を止めたままになっていた。気づけば四半期経ってしまったが、改めて書く。
今回話を聞かせてくださった熊撃ちの師匠は、岐阜県郡上市で猟師として何十年も単独で山に入っている和田さん。
熊撃ち猟師とは何か
大前提として、そもそも『熊撃ち猟師』とは何か? 字面だけ受け取れば“マタギ”を想像する人がほとんどだろう。筆者も最初はそうだった。和田さんが「マタギとは違う」として拘るのは、単独猟かグループ猟かということ。
僕の「熊撃ち猟師」の定義は熊を撃った事がある人ではない。
最初から熊のみを追いかけ、里での暮らしのバランスを取ったまま山へ入る事を良しとしない人の事である(冬だけ猟をする兼業ではなく、それだけを生業とする専業)。
一般的に銃があると、遠くの獲物を簡単に獲れると思われているが、間違った認識である。
銃や弾の種類や特性、慣性の法則や三角関数他、膨大な知識と経験、体力がなければ道具として用を成さない。
実際に山に入ると判るが、鬱蒼とした森では、撃ち出された弾は15mも飛ぶと木に当たり獲物まで届かない。
多人数で獲物を追い込む「マキ狩り」などのグループ猟と違い、氏の行なう「忍び撃ち」と呼ばれる単独猟では、確実に仕留められる距離まで獲物に気付かれずに近寄る必要がある。
山では嗅覚、聴覚、体力、警戒心など、すべてにおいて人間を上回り、警戒心が強くなり気力の充実した「秋熊」に、気付かれずに近づく事が、どれだけ難しく危険な事か想像を絶するが、氏は単独で14頭の秋熊を仕留めている。
実際1頭の熊を広範囲に3年かけて追う事などザラで、人生の大部分山に入る事を余儀なくされる。
猟を始めて間もない頃、グループ猟が性に合わず、「一人で熊を獲ると言ったら、周りの猟師達にずいぶん笑われバカにされた。実際最初の10年間は、毎日のように山に入ったが、まったく獲れなかった」と言う。
「熊が獲れたと聞けば、日本酒を持って教えを請いに出かけた、7~8人は聞きに行ったが、的を射る答えは一つも無かった」と、当時を振り返る。
10年目の猟期、未だ獲れない熊を追い求め、真っ暗な雪山を彷徨っていると、麓の方から除夜の鐘が聞こえて来た「俺はこんな所で何をやっているんだろう…と思ったら、涙が止まらなくなった事があった。」それから間もなく1頭、また1頭と熊が獲れ始めたという。
― 郡上市の季刊誌『里山の袋』より
グループ猟(「巻き狩り」とも言う)は複数名の猟師でチームを組んで、一頭の獲物を1対多で追い詰める狩猟スタイル。人間側にとっては数の面で有利で、味方がいて精神的にも心強い。とはいえ、数で勝ったところで特別有利になるわけでもないのが熊の恐ろしいところだが。
一方で単独猟は、独りで一頭の熊を追い詰める。味方はいない。
※単独猟のマタギもいるのかもしれないが、筆者も専門家ではないので寡聞にして存じ上げない。あくまで今回和田さんから伺った話だとご承知いただければ幸いだ。
10年でも追いかけ続け“その時”を待つ忍び撃ち
熊は日本国内に生息する野生動物の中でも最大・最強、おそらく食物連鎖の頂点に位置する生物だが、その命を狙う愚かで貧弱な生物がいる。それが人間だ。
和田さんの狩猟スタイルは忍び撃ちという。表現にしてしまえば「待ち伏せて撃つ」というだけになってしまうが、その成立には常人と別次元の体力・胆力と研ぎ澄まされた五感、そして膨大な時間を要する。
熊は力が強いだけではなく知性も非常に高い。現代において、人間とは本来野山に生息しない生物であり、その存在は里山にとって“異物”だ。熊はその異物が己のテリトリーを侵す違和感を敏感に察知し、可能な限り会敵しないよう身を隠す。グループ猟の難点はこれで、個々人の練度が異なる狩猟チームの気配を読むことは熊にとり容易なのだろう。
和田さんは“ターゲット”と見定めた熊について、最初から銃を携えて狩りに行くわけではない。むしろその逆で、実際にその命を獲るまでに何年も、時には10年でもかかるという。和田さんの狩りは、まず理解することから始まる。ターゲットがテリトリーとする範囲はどこの山からどこの山までか、一日にどれだけ移動するのか、好物は何か、どんな癖があるか、子育てにいつ入るのか……熊に恋をするように、長い時間をかけてその習性を理解する。
そうして何年も経った頃、不意に“その時“が来る。「これからあそこを通るな」ということがはっきりわかる瞬間があるのだという。あとはその予想進路へ先回りして潜伏し、そこをターゲットが通るまでひたすら忍び、待ち続ける。
先述の通り、熊は人間の気配に敏感で、待ち伏せする狩猟者に一定の距離まで接近した時点で当然のように違和感を察知し、足を止める。そこはまだ猟銃の射程の圏外だ。ここから持久戦で、再び熊がこちらに向かって進み始めるまでじっと息を潜め、何十分でも待つ。警戒した熊がそこで引き返すこともある。それでも、ただ待つ以外に術はない。ついに熊が動く。猟銃の照星と照門でターゲットを捉え、頭の中では三角関数や慣性の法則に基づいて弾道を計算しながら、必殺の発射角を狙い、息を止めて銃口を補正する。草木が射線を遮る森の中では、10メートルの距離でも有効射程距離とは言いがたい。そして熊が狩猟者の有効射程に入るということは、熊からしても恰好のバトルレンジになるということでもある。格闘戦になれば人間の勝ち目は非常に薄く、それはほとんど死を意味する。命、狩るか、狩られるか。熊撃ち猟師の興奮が最高潮に達する瞬間だという。そうして死を覚悟しながら、引きつけて、惹きつけて――撃つ。
命を懸けられることの幸福
生涯かけて狩った熊の数は一頭や二頭では収まらないが、命を落としかけたことも一度や二度ではない。和田さんが熊を待ち伏せするのと同じように、熊に待ち伏せされることもあったという。
山へ入るときに銃を持たないことはあっても、鉈は必ず携行する。藪こぎには当然必要だし、いざという時に身を守る武器にもなる。不測のタイミングで会敵した場合は、ただ熊の目をじっと見て視線を逸らさず、ゆっくりと大上段に鉈を構えて威嚇する。一方の熊も全身を総毛立たせて威嚇する。体毛が逆立った熊は、通常の倍の大きさに見えるという。鉈で無謀に戦えば、人間が勝つことは難しい。だから肝を据えて、戦わず、胆力で追い返すしかない。和田さんが完全に“勝った”とき、目線を外した瞬間に熊は猛スピードで遁走するそうだ。
筆者が和田さんの話を聞いたとき、ただ「常人ではない」というのが率直な感想だった。和田さんが熊撃ち猟師として命を懸けられる人生的な背景は、ここに書くことが憚られる。ご容赦いただきたい。夜、酒を飲みながらたっぷり4時間ほどその壮絶な半生を伺ったが、話が終わる頃には重厚なドキュメンタリー映画を2,3本一気に観終えた気分を味わった。
こんな想像をするのは不謹慎だとわかっていても、どうしても考えずにいられないのは、いつか「和田さんが熊に襲われて亡くなった」という報道に触れるのではないか、ということだ。……ただそれはもしかしたら、熊撃ち猟師にとっては穏やかに天寿を迎えるより幸せなことかもしれない、とも考えてしまう。命を捨ててもいいと思えるほど身を投げられるものが、筆者にはまだない。いつか出会えたらいいと想う。
Another home Gujoについて
『熊撃ち猟師、人生譚の旅』ツアーを企画してくれたAnother home Gujoは、豊かな自然と伝統文化が育んだ郡上という場所が持つ力やこの地に生きる人々の魅力を伝え、この場所を第二のふるさととして何度でも帰って来てもらえるような旅や企画作りに取り組む、里山インストラクターの由留木正之さんと美術作家のトザキケイコさんによるプロジェクトだ。
今週末2/8(土)-9(日)にかけては、郡上市明宝にある秘境・小川地区を舞台に、郡上の民話/伝承をめぐる旅【木地師と縄文の足跡を求めて】というツアーが予定されている。ご興味がある方はぜひご参加いただければ幸甚だ。由留木さんとトザキさんお二人の優しさと感性が生む里山の旅に間違いはない。