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バンジージャンプを経験して以来、なにか大事なものが壊れちゃった気がする

2019年5月某日、僕は群馬県でバンジージャンプに挑戦した。高さは約60mだったと思う。テレビでは、足がすくんでなかなかジャンプできない人を見たことがあったが、僕自身は恐怖を感じることはなかった。

凪、の状態だ。

怖くもなく、喜びもない。「ああこれから飛ぶんだ」という気持ちしか湧いてこなかった。

でも、頭の中では何度も同じ映像が流れていた。理想のジャンプ姿、ジーザススタイルのこと。

ジャンプ台の終点に、つま先をお行儀良く揃え、まっすぐと前を見つめる。そして、ゆっくりと、両手を広げていき、水平になったところでスッと止める。

呼吸——。徐々に全身が斜めに倒れていき、重力に負ける瞬間、頭から真っ逆さまに落下していく。手は広げたまま、声も出さない。好奇心で見守る人々に聞こえるのは頑丈なゴムが軋む微かな音だけ。全てが終わった時、マネキンが落ちていったのでは、と思わせるような不穏な静けさだけが残っている。

僕は、イメージ通りに、ジャンプ台につま先を合わせ、両手を水平に広げた。

では、実際の動画をご覧ください(本当に騙されたと思って一度ご覧ください)。


念のため写真もご覧ください。



全然、だめ。

「不穏な静けさ」だ?ふざけんじゃないよ。恐怖に怯えて叫びに叫び倒しているじゃない。群馬の谷に謝れ、うるさくしてごめんなさいって。

ジーザススタイルだ?ザコが雑居ビルの屋上から突き落とされたがごとく、ブンブンと腕を振り回している。弱い奴って本当に空で泳ごうとするんだ。漫画だけかと思った。

最後には、茫然と右へ左へ大きく揺られる姿が赤い橋の隙間から見える。この小物感がとても憎たらしい。

良かったらもう一度ご覧ください。

僕はこのとき、自分が強くなったと思っていた。無様な姿を晒した。だが、60mの高さから飛び降りたのは事実。そのへんの遊園地に転がっているようなジェットコースターに恐怖など感じるはずがない。こっちはまさしく真っ逆さまに、垂直に飛び降りた。比べてジェットコースターは角度が浅いこと、浅いこと。

寂しくなった。もうジェットコースターは楽しめないかもしれない。

2019年11月、僕はUSJに行った。

本音を言えば、あまり楽しみではなかった。だってもう、僕は、恐怖を感じない体になっちまったんだから。

とはいえ、USJだって手を抜いているわけではない。来園者を楽しませようと、とびきりのアトラクションを用意しているだろう。

「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド」

<ユニバーサルスタジオジャパン公式HP>より

パーク内に一歩足を踏み入れると、喜びの悲鳴がライスシャワーのように降り注ぎ、来園者を祝福する。その重要な役目を担うのがこのアトラクションだ。

写真からでも伝わってくる凄まじい疾走感。しかし、こんな浅い角度で僕の気を狂わせることなんてできやしない。こっちは笑う余裕さえ与えられない、死戦をくぐり抜けてきたんだ。

では、こちらはどうだろう。

「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド ~バックドロップ~」

<ユニバーサルスタジオジャパン公式HP>より

素晴らしいぞ、この苦悶の表情は。恐怖から喜びは排除すべきだ。公式HPの説明には、「高さ43mまで、背中からつりあげられたあと、天を見上げて後頭部から急降下。進路不明、予測不可能な極限のスリル」と書いてある。ついこの間、醜いバンジーで地に堕ちたばかり。再び天を見上げられるチャンスが与えられるなら、ぜひとも挑まねば。

60分後、僕は微笑んだ。ああ、確かに天は見上げられた。だが感じたのは恐怖ではなかった。癒し、だったのだ。右へ、左へ。上へ、下へ。——ゆりかごじゃないか。天が僕のことを見守ってくださっている。これは、いかにも、バックドロップ聖母(マリア)であったか。

多幸感に包まれながら、僕は怪しい森に足を踏み入れることにした。分け入った先に広がっていたのはなんとも幻想的な魔法の世界、ハリーポッターエリアだ。映画のままの街並み、少し進めばホグワーツ城が見えてくる。

オリバンダーの店をご存知だろうか。どの魔法使いも必ず世話になる、魔法の杖の専門店だ。間違ってはならないのが、魔法使いが、杖を選ぶのではないということ。杖が、魔法使いを選ぶのだ。

店内に吸い込まれるように入ると、僕は間髪入れずに店主に尋ねた。ニワトコの杖はありますか?

「おやおや、あなたは最強をお求めか……。どうぞこちらへ」

ニワトコの杖といえば、アルバス・ダンブルドア校長が使っていた史上最強の杖。その杖をいま、僕が手に入れようとしている。だが、「最強」という言葉がひっかかった。僕は、最強にふさわしいのか……?

最強、と言えるのか……?

店を飛び出し向かった先は、かつての最強が集う場所、ジュラシックパークだった。地球上で最強と言われながら一夜にして絶滅してしまった恐竜たちが、最新の遺伝子工学で蘇ったというではないか。

最強との対峙が何か啓示をもたらしてくれるはず——。

「ジュラシックパーク・ザ・ライド」のツアーボートが出発した。草食恐竜が水と戯れ、草をはむ姿はなんとも愛らしい。参加者の好奇心を満たしながら、穏やかにボートは進んでいく、はずだった。

おっと、どこへ行こうっていうんだ、このボートは。違う、違う、そうじゃない。そっちには肉食恐竜が……。

すでにずる賢い肉食恐竜たちによって建物は占拠されてしまったようだ。逃げ込んだ倉庫内には緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響いていた。コンテナの影からトサカのついた小型恐竜が顔を出した。なんだ、おチビちゃんか。

ビュッ!

僕は狂った恐竜に毒水を吹きかけられてしまった。

もう逃げ場はない。一体どうすれば。あった、出口だ……!そうはさせまいと、ティラノサウルスが勢いよく顔を出し、大きな口を開けた。その瞬間、ボートは真っ逆さま。

——そう、真っ逆さま。

スイッチが、押された。

女子高生のような瑞々しい悲鳴。こんな可愛い声、出たんだ。でも全然怖くない。なのに口が大きく開いていく。止められない。勝手に出ちゃう。


ねえ、僕、壊れちゃったみたい。


-おわり-

以上、『橋本歩と椿田竜児のレイディオ』の再構成バージョンでした。
実際のレイディオはこちら↓
第37回目「アゴひん曲がりの助、現る」

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