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「テレヘルス」の到来

今、個人的に気になっている分野に「テレヘルス」がある。つまり、「遠隔医療」だ。アメリカでは、昨年(2020年)の3月に各地でロックダウンが始まってから、テレヘルスに火がつき始めた。

ネットを通したチャット機能などでRN(公認看護師)などに診断をしてもらい、処方箋を出してもらうのが主な使い方だ。僕も個人的にこの「テレヘルス」との距離がぐんと近くなったのは、昨年の秋のことだった。

ストレス性のUTI(尿道炎)になり、すぐにでも処方箋を出してもらいたかった。僕は尿道炎はもう三回目だったので、かってはわかっている。症状も、「まさしく尿道炎」という感じで、間違えようのないものだった。

しかし僕の主治医がいる病院は、電話しても週明けまでアポの空きがないとのこと(電話したのはたしか金曜日か木曜日だった)。通常は電話でRNに相談できるサービスもあるが、なぜかその時はそのオプションさえなく、僕としては宙ぶらりんのまま放置された感じだった。

そうこうしているうちに痛みは強くなってくるし、これではたまらない、と初めてのテレヘルスを利用することにしたのだ。

僕が望みをかけたのは、グッドRXという会社。奇しくも、僕が住んでいるロサンゼルスの隣町にあたるサンタモニカに本社を構えている上場企業である。

この会社は、母体は医薬品(処方薬)の価格比較サイトで、ある特定の医薬品の名前で検索をかけると、近所の調剤薬局の価格を一覧リストにして教えてくれる。そのサイトを去ることなくすぐさまオーダーを入れることができ、また、割引クーポンも提供しているので、それを利用すればさらにお得に買い物ができる。しかも、その日のうちに(たいていは二時間以内に)店舗で薬を受け取ることができるという触れ込みだ。

もともとは検索エンジンと価格比較サイトだったこの会社が、最近、テレヘルスの会社を買収して、テレヘルス機能がついた。35ドルで診断を受けられる。日本の人の感覚にしてみれば高いかもしれないが、日本とアメリカの医療事情はまるで違う。日本は皆保険制度があるけれども、アメリカにはそんなものはない。たいていの場合、雇用主を通して医療保険に加入するが、それでもすべての雇用主が保険料の全額をカバーしてくれるわけではなく、僕の前職では折半だった。また、自営業の場合に個人で医療保険を購入するのはべらぼうに高い。保険がある場合でも、医師の診断を受けるのにまるきりただということはほとんどなく(個人が契約しているプランによって異なる)、当時の僕のプランの場合は、医師に会って診断を受けるだけで55ドルだった。だから、グッドRXの35ドルは「お得」だと思えたのだ。

尿道炎の診断はおそらく需要が多いのだろう。最初に、スクリーニングテストみたいなものがあり、いくつかの選択式の質問に答えていくと、尿道炎である確率が何%くらいか教えてくれる。そして、RN(公認看護師)とのチャットが始まる。

僕の場合は週末のたしか土曜日か日曜日の相談だったので、そんなにすぐの対応は期待していなかった。しかしどうだろう。一時間もたたないうちに、「なんのご相談ですか」という返答がかえってきた。

僕の症状や、過去に尿道炎にかかったことがあるかどうかなど、いくつかの質問について数回(おそらく五回くらい)のやり取りが続き、相談が始まってから一時間もしないうちにすんなり処方箋を出してくれた。

その後は、先ほど説明したような手順でグッドRXのサイトで最寄りの調剤薬局を検索し、その日のうちに発注して、薬をピックアップして、事なきを得た。

もちろん深刻な病気(らしい症状)の場合は、救急に直行するのがベストだとは思うけれども、時間の猶予があるような症状であれば、またこのサービスを利用してもいいなと思えた。

テレヘルスは獣医の分野にまで広がっていて、僕も利用しているネットのペット用品販売業者チューイーは、最近、ペット(犬猫)向けのテレヘルスの提供を始めた。

チューイーから定期購買をしている顧客の特典で、無料で相談を受けられる。もっとも、チューイーの場合は処方箋を出してくれるのではなく、相談に乗ってくれて「必要」とあらば最寄りの獣医さんを紹介してくれる。コロナでみな、極力外に出るのを避けているので、できれば獣医にも(緊急でなければ)行きたくない。そういう生活者のニーズを突いたサービスだと思う。

ところで、「テレヘルス」は、フィジカル・ヘルス(身体の健康)ばかりではなく、メンタル・ヘルス(心の健康)の分野にも及んでいる。

というか、「メンタルヘルス」系のサービスのほうが、火がつくのは早かったように思う。理由は次の通りだ。

先にも触れたように、ロサンゼルスを含め、アメリカ各地では2020年の3月ごろから「ロックダウン」が始まり、「テレワーク(在宅勤務)」する人も増えたが、やはり家で一人で仕事をするという孤独感にさいなまれる人や、また、家庭内のストレスに悩まされる人が急増した。

そこで、セラピストや精神科医がネットで相談にのってくれるメンタルヘルス系のテレヘルス・サービスが注目を浴び始めたというわけだ。

大企業で「テレワーク」を導入した会社の中には、メンタルヘルス系のテレヘルス・サービスを福利厚生の一環として導入するところもでてきた。

そこで今日のニュースだが、メンタルヘルス系のテレヘルス・スタートアップである、トークスペースが株式上場に向けて申請をしたという。トークスペースは2012年にニューヨーク州ニューヨークで設立された。評価額は14億ドル(1,470億円)で注目株だ。今はやりのSPAC(Special Purpose Acquisition Company:特別買収目的会社)による上場だという。(SPACはそれ自体は特定の事業をもたずに、主に未公開会社の買収を目的として存在する会社。「ブランク・チェック・カンパニー」とも呼ばれる。通常の株式上場プロセスに比べて、よりスピーディに上場できるというメリットがある。)

トークスペース自体、僕自身は利用したことがないので深くは言及できないが、現在のところ赤字経営であること(ネット・ビジネスには珍しいことではないが)から、収益化に不安があるかもと思わされる。また、メンタルヘルス系のテレヘルス市場は類似企業やサービスが数多く存在する激戦市場でもあるから、その中で、トークスペースがどのように独自性をアピールしていくのかは課題だ。

ところで忘れないうちに書いておくと、個人的に注目しているテレヘルス・サービスがもうひとつある。フォークス・ヘルスだ。フォークス・ヘルスはLGBTQIA+のニーズに特化したテレヘルス・サービスで、最近サービス提供を開始したばかりである。現在のところは、トランスジェンダーを対象としてホルモン治療のサービスを提供しているが、今後、ED(勃起不全)の治療など他のサービスも提供していく計画だという。すごく単純化していうと、月ぎめの会費を払うことで、フォークスヘルスお抱えの医師の相談を受けることができ、ホルモン治療用品(注射やジェル)を自宅に送ってもらえる。まあ、医薬品の通販と遠隔による医療相談がドッキングしたようなものだ。

おそらく日本と同じく、アメリカでは性同一性障害の診断を受けないとホルモン治療を受けられないが、診断を受けるまでには様々なハードルがあると聞く。ひとつには、一般の医療施設だとトランスジェンダーに関する理解や知識を欠いた医師が診断にあたることも多く、それが意識的あるいは無意識的な差別やハラスメントを生んでいる。そういった事情から、医師への相談を躊躇する人も多いと聞く。僕自身が当事者であることもあり、フォークス・ヘルスが今後どのような展開をしていくのかにはすごく興味がある。

今後、テレヘルスが「あたりまえ」になってくると、多くの企業がこの分野に参入して競争がより一層激しくなる(もうすでにその兆しはある)。そうなってくると、必要になるのは「ターゲットの絞り込み」だ。満たされないニーズを抱えている「ニッチ市場」はどこにあるのか、そこを見極めて、サービスを投入していく必要があると思う。

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