見出し画像

チョバニIPO(株式上場)への懸念

今、個人的にとても気になっていることがあるので、今日は「それ」について書くことにした。
「それ」とは、アメリカで「ギリシア風ヨーグルト」をポピュラー化した「チョバに」という会社の株式上場計画のことだ。

過去10年以上(正確にいうと12年間くらい)の間、僕の研究分野のフォーカスはアメリカのインターネット・ビジネス(特に流通)に加えて、企業文化と新しい経営思想のトレンドだった。その関連で、ザッポスのような会社を集中的に研究するとともに、従業員株式所有制度(ESOP)やオープン・ブック・マネジメント、また、日本でも「先進的な」経営者の間で話題になっている「ホラクラシー」や「ティール組織」についても学ぶこととなった。

正直に言うと、僕はビジネスの世界に身を置くものとしては、恐ろしく株式市場に対して否定的である。今の株式市場の在り方はどう考えても「狂ってる」と思うし(つい最近のゲームストップやAMCをめぐる騒ぎ、そしてSPAC(特別買収目的会社)のトレンドを見てもらえばわかる)、もし時を戻せるならば、会社の株はその会社の長期的な繁栄に直接的に係わる人たち(従業員、顧客、地域社会の人々など)だけが所有できるようにすべきだと思うのだ。

アメリカでは数年前から「資本主義の見直し」が叫ばれていて、ただし、「資本主義から社会主義へ」というラディカルなものではなくて、少なくともビジネスの世界では、「コンシャス・キャピタリズム(意識の高い資本主義)」や「ステークホルダー・オリエンテーション」といったコンセプトが注目されている。

「コンシャス・キャピタリズム」は、果たして何に対して、あるいは何について「意識が高い」かというと、まとめると以下の4点に絞られる。

1.崇高な目的
利益創出だけが企業の目的(存在意義)ではなく、崇高な目的(より広い社会全般への価値創造)をもつべきだという考え方。
2.ステークホルダー・オリエンテーション
企業は、ビジネスの生態系全体、つまり、従業員、顧客、仕入先、パートナー企業、投資家、社会全般、自然環境などへの価値創造に配慮し運営されるべきだという考え方。
3.コンシャス・リーダーシップ
「意識の高いリーダーシップ」。自らを会社の資源を一時預かり、生態系に属するすべての人への価値を最大化するために管理する役割と考える。「信頼」と「健全性」を柱として組織を育成、維持してことを主眼におくリーダーシップの在り方。サーバント・リーダーシップの流れをくむ。
4.コンシャス・カルチャー
「意識の高い企業文化」。信頼、健全性、透明性、誠実さ、公平さなどの価値観を基盤とした企業文化の育成が経営において必要不可欠であるという考え方。

チョバニという会社は、この四つの要素を兼ね備えた、「コンシャス・キャピタリズム」のお手本といっても過言ではない会社だと思う。

そして、その創設者兼CEOであるハムディ・ウルカヤは「コンシャス・リーダー」として、今、まさに最先端を行く経営を実践している。

(彼のTED Talkが日本語にも翻訳されているので見てほしい。)

https://www.ted.com/talks/hamdi_ulukaya_the_anti_ceo_playbook?language=ja

ハムディ・ウルカヤはクルド人でありトルコからの移民である。2005年にチョバニを設立し、それまで、アメリカであまり知られていなかったギリシア風ヨーグルトを紹介し、市場に旋風を巻き起こした。その成長のスピードには息をのむ。2007年に5人だった従業員は6年後の2013年には2,000人近くになり、年商は10億ドル(1,050億円)を超えた。今日では、年間に20億ドル(2,100億円)近くを売り上げる、ギリシア風ヨーグルト・カテゴリーでは全米一位、ヨーグルト全般でも2位の地位を誇るメジャー・ブランドとなっている。

ハムディ・ウルカヤは、チョバニの成功の秘密は以下の三つの点にあると述べている。1)従業員を最優先すること、2)地域社会の健全性と発展に貢献すること、3)社会問題の解決に果敢かつアクティブに取り組み、また、顧客に対する価値創造に徹底して尽力することだ。

「実践」としてチョバニがどんなことを遂行してきたか、あげていくと枚挙にいとまがない。チョバニは移民・難民を率先して雇うというポリシーをもっており、チョバニで働くワークフォースの約3割が移民か難民である。「より多くの人々により高品質な食品を提供する」という企業使命にのっとり、いまだに「無添加」を貫いている。パンデミックのさなかにも、貧困にあえぐ人たちのために650万個を超える商品を寄付している(2020年9月末の報道)。2016年には、従業員2,000人に対し株の分配を行った。そしてさらに、つい最近では、賃金を最低15ドル/時給まで引き上げることを発表している。

そのチョバニが株式上場を検討していると一週間前の報道にあった。ギリシア風ヨーグルトの「ブーム」は去り、成長のペースを維持するために、チョバニも様々なカテゴリー拡張やイノベーションに手を染めてきた。「機能食品」への関心の高まりに目を付けた「プロバイオティクス補強食品」の展開、「プラント・ベース(植物性食品)」ブームの波に乗った「ココナツ・ミルクでつくったヨーグルト」の市場導入、植物性「ミルク」カテゴリーの中でも今をときめく「オート・ミルク」の展開や、ほんの二年前ほどからアメリカで人気を集め始めた「コールドブリュー・コーヒー」の展開など、その勢いはすさまじい。そして、おおむね、経過は順調といえる。ただし、このスピードやスケールを維持していくためには資金が必要となる。そこで、「株式上場」ということになるのだろうが、僕はチョバニの長期的な先行きを懸念している。

株式市場は、本質的に、「短期的」な思考のもとに動いている。そのメンタリティをひとことで表すとすれば「Get rich quick(手っ取り早い金儲け)」だ。株式を上場するということは、そうした株式市場の風潮に影響を受けることでもある。株主に迎合すること、程度の違いはあるかもしれないが、それは避けられない。

そして、多くの株主は、「上向きの動き」しか評価しない。四半期ごとの発表において、継続的な上昇を達成していくこと。売上、利益を増やすこと、市場シェアを拡大すること、より広い商品カテゴリー、より広域な地域市場に参入していくこと、これらの点で会社の価値が測られる。

こういった株式市場の「波」に呑まれた時に、果たしてチョバニがその高潔な経営思想や美しく健全な組織文化を保っていけるのか・・・。ファンのひとりとして、僕はその未来を懸念せざるを得ないのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?