「今日も私はブリを照り焼かない」の話
結婚したばかりの頃。
毎日のご飯作りは、かなり困った。
夫はこう言う。
「ご飯とか、無理して作らなくていいよ」
「テキトーに食べるから」
家事でも何でも、イヤな事は無理しなくて良い。
その気持ちは有り難いのだが。
(いや、何と言おうか……かっちゃんがそれで良くても私は嫌なんだよな)
夫と私の食の好みと食生活の傾向は180°違った。
当時の私はマクロビにはまって、体に良い物を一筋。
夫は食にあまり関心がなく、空腹が満たされたらいい、ジャンクフード大好き、というストロング(?)スタイルであった。
(さて、今日は何を作ったら良い物か……)
と考えていると、お義母さんから、
「かっちゃんはブリの照り焼きがスキ」
との情報を入手。
(よっしゃ!)
クックパッドでよさ気なレシピを探し、我ながら美味しそうなブリの照り焼きが出来た。
ドキドキ……
あ!ダメっぽーい!!
鋭い私はピンときた。
「ダメだった?」
「うん……ごめんね」
「こんなに、美味しいのに……まあ、しゃーない」
夫は魚全般が苦手らしく、秋の美味しいサンマを焼いても
「ゴメンね……生臭く感じるから、ちょっと無理かも……」
という感じなので、まあ、スーパーで売ってるサンマを焼いて生臭く感じるなら、私のせいでもなし、それはもう仕方ないわな、と思っていた。
ある日。
夫の実家で、夕食を食べる事になった。
「ブリの照り焼きするから〜」
と、お義母さんが言うので、
「あ!作り方を教えて下さい!」
と教えてもらう事にした。
「まず、ブリを焼いて……」
「あれ?タレは付けないんです?」
「うん、タレは最後〜」
しばらくして、ブリが焼き上がり、お義母さんはお皿に用意していた、砂糖醤油のタレにブリをつけた。
「ハイ、出来上がり〜」
「えっ……これで?」
……。
照り焼きとは。
思わず、調べる。
照り焼き:醤油を基本にした甘みのあるタレを食材に塗りながら焼く調理法。
「お義母さん……これは照り焼きではないような……?」
「あ、そうなんかな?」
「コレは……ブリを焼いて、砂糖醤油のタレに浸した物……」
「あっはっは!確かにそうじゃなあ!さすが、上手い事言うなあ!」
「え……イヤ、上手い事?……あー、はい、ありがとうございます。へへっ」
つくねはこんらんしている。
そして、夫も仕事帰り、実家に立ち寄り、皆でご飯になった。
「美味しい〜!」
(確かに……味は美味しい……砂糖醤油は外すまいよ。しかし、断じて照り焼きではない。照り焼きではないハズなんだ……)
一週間ほどして。
私はブリの照り焼きを作った。
照り焼かないシステムで。
果たして夫は……
「ブリの照り焼き、美味しい〜!!」
「あ、そうなの……美味しいのね……」
美味しいのなら、良いのだけれど。
そして。
息子が生まれ、ある程度おっきくなった時に私は伝えなければならない事があった。
それは私にしか出来ない役目であった。
食卓に〈ブリの照り焼かない〉を並べ、息子も夫も
「美味しい〜!」
と食べている時。
息子にこう、告げた。
「今、ブリの照り焼きと思って食べている物は、実はブリの照り焼きじゃないんよ」
「えっ……」
「ブリの照り焼きって言うのは、砂糖やみりん、醤油を混ぜたタレをつけて焼いて、照りが出るのが公式で、これはブリを焼いて砂糖醤油につけた物。原家のオリジナルスタイル」
「お母さん、何でそんなヒドい事言うん!」
「えっ、ヒド………えっ?私?」
「美味しいから、いいでしょ!」
「イヤまあ、そうじゃけど、えぇ?」
「せっかくおばあちゃんが教えてくれたのに……」
「はぁ……、ごめんなさい……」
あれから時は流れ。
今日も私は
ブリの照り焼きもどき
なんちゃってブリの照り焼き
ヤケクソブリの照り焼き
を作る。
少し不安に思うのは、これが標準装備になり、記憶が上書きされ、あの時感じた違和感を忘れてしまいそうになる事……
それでも良い。
家族が笑顔で食べている。
私は今日もブリを照り焼かない。
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