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白血球が無くなったときの話 5

へっちゃらなフリをして、いつも通りに会話をしようと思って口を開いたはずが、その瞬間に声が震えて思わず涙が出ます。
「私、親に迷惑しかかけてない…。」
その言葉をキッカケに、まるで土手が決壊したように泣き出す私に、初めは看護師さんも驚きます。
しかし、看護師さんも患者さんの情緒の不安定さには慣れてるのでしょう。
「そんなことないよ、全然ちっともそんなことないよ。」
そう言いながら、私のことを暫くなだめてくれました。

気心知れた人でなくても、こんなにも人の声とは、安心するものなのか。

そんなことを感じながら、泣きじゃくり、鼻を詰まらせる私は、今まで1人で背負っていた不安の大きさを、かえって思い知ることになりました。

体温の変動で身体はだるい、歯茎が痛い、頭や身体が痒い、辛抱の出口が見えない、このまま死ぬかもしれない。
外に出たい、外に出たい、外に出たい。


そんな数日を過ごし、入院から1週間が経とうとした頃。
ようやく願いが通じ、白血球の数が徐々に回復し始めます。

白血球は初めは少しずつ戻り始め、
先ず、ベッドを囲っていたビニールが外れます。
それだけでも、とても部屋が広く感じました。
目にも体にも分かりやすい、回復の実感でした。

そして翌日には、やっと念願のお風呂に入ります。
それはまるで、脱皮でもしたかのような、これまで味わったことの無い、堪らない清々しさです。
身体を伝うお湯の温度や、シャンプーの香りが、私をとてもご機嫌にしてくれたのを、今でも覚えています。

白血球の復活スピードは数値が3桁に届くと4桁にまで上るのはとても早く、
ここまで来れば、歯茎の腫れもひき、お粥も卒業していました。
あっという間に、病院の廊下や売店に出ることも可能になりました。

神様は、私を生かす方を選んだんだ。

と同時に、「やっぱ人生、楽勝じゃなかったわー!甘くなかったー!」
と、心の中で反省したのでした。(笑)

身体が随分楽になると今度は、また次の選択が迫られます。
それは、今後の治療法について。
バセドウ病で腫れ上がった甲状腺を小さくする為に、
「切除手術」か「放射線治療」を選ばなければならないということ。
副作用出てしまった以上、バセドウ病の投薬治療が出来なくなったのです。

また、新たな悩みが生まれます。

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