積水ハウスの米国戦略は成功するのか?:千葉利宏
トップの図版は積水ハウスの中期計画より
積水ハウスは6月6日の2025年1月期第1四半期決算発表に合わせて、4月に約49億ドル(約7500億円)で買収完了した米M.D.Cホールディングスなどを通じて、2032年1月期までに米国市場で年間2万戸の戸建て住宅を販売する計画を公表した。うち、積水ハウスのオリジナル木造住宅「SHAWOOD(シャーウッド)」を年間3000棟販売する。
米国の戸建て住宅市場は、2×4(ツー・バイ・フォー)の標準部材を使って建てるオープン工法で形成されている。現在、米国市場で日本勢トップの住友林業をはじめ、大和ハウス工業、旭化成ホームズも、戸建て住宅事業は2×4工法で展開している。積水ハウスもこれまでは2×4工法だけだったが、今後は日本からシャーウッドの部材を米国に輸出して現地で組み立てて販売するという。
果たしてオープン工法の米国市場に、クローズド工法のシャーウッドを持ち込む狙いはどこにあるのか。米国市場でクローズド工法のシャーウッドは受け入れられるのか。その成否に注目している。
■日本の住宅市場では工法が乱立
日本や米国では木造住宅の工法が標準化されて普及してきた。日本では角型の柱と梁で建物を支える「軸組工法」と言われる建て方で作られてきた。一方、米国では断面が2×4インチ(実際のサイズは38ミリ×89ミリ)で規格化された角材とパネルで建てる「2×4工法」が普及してきた。
日本では戦後、深刻な住宅不足になったことから効率的に大量の住宅を供給するために住宅生産の工業化を進められてきた。最初は衛生陶器や水栓金具、窓サッシなど建材や設備機器の工業化から始まり、これらの部材を工場で組み立ててから建設するプレハブ住宅メーカーが誕生した。プレハブ住宅の最初は、1959年に発売された大和ハウス工業のミゼットハウスと言われ、翌年には積水ハウス、63年にパナソニックホームズが創業した。
プレハブメーカー各社は、独自の工法を開発し、それらをオープン化せずにクローズド工法として、他社との差別化を図る戦略を取ってきた。1967年にはミサワホームが木質パネル接着構法で、1971年に積水化学工業が構造体にキッチン、バスを組み込んだユニット工法で住宅事業に参入。一方、竹中工務店が米国から持ち込んだ2×4工法が1974年に日本でもオープン工法として認定され、三井不動産など大手不動産会社が住宅子会社を設立して続々と参入した。
日本の戸建て住宅市場は、工務店が主に手掛ける「軸組工法」と米国の「2×4工法」という2つのオープン工法、さらにプレハブメーカー各社のクローズド工法が乱立する状態になったわけだ。国土交通省が毎月発表している建築着工統計でも、新設住宅着工戸数は用途別に「持ち家」「分譲」「賃貸」「給与」の4つのカテゴリーで数値を公表しているが、「プレハブ」と「2×4」の数値も集計して発表している。
■工法が違うとリフォーム・改修が難しい
筆者の祖父も父も大工だったので、「門前の小僧、習わぬ経を読む」ではないが、「軸組工法」の住宅がどのように建てられているのかはある程度、理解しているつもりだ。その父が良く言っていたことがある。
「軸組工法で建てられた住宅であれば、他の工務店が建てた住宅でも、どこをいじればどうなるのかが分かるのでリフォームや改修を依頼されれば引き受けるが、2×4工法の家は経験したことがないので、怖くていじれない」
父は、2級建築士、1級技能士、1級施工管理技士の資格のほか宅建免許まで持っていたが、工法が異なれば戸建て住宅のような規模の小さな建物でも、後から手を加えることは簡単ではないということだ。同じ軸組工法でも、ビルダーや工務店によって細部に違いがあり、設計図面だけでは分からないことも多い。
さらに大手ハウスメーカーはクローズド工法で、いわゆる「囲い込み」戦略を取ってきた。壁や柱を移動するなど構造躯体に手を加えるような改修は、元施工会社以外は対応できないだろう。日本の住宅市場は、これまで新築中心で、中古住宅の流通量が増えないと言われてきたが、異なる工法が乱立していることが、その要因の一つになっているのではないかと筆者は考えている。
■米国住宅市場に日本企業が攻勢をかけるわけ
米国の戸建て住宅市場は、日本と市場構造が大きく異なっている。積水ハウスの発表の後、6月12日に大和ハウス工業が米国の戸建て住宅事業に関する記者向け勉強会を開催して、最新動向について説明があった。
米国の住宅市場は、全体の約8割を中古住宅が占めているが、この10年近くは中古住宅ストック不足に陥っている。その原因は①高金利状態が続いているため住み替え需要が減って中古住宅が流通市場に放出されにくくなっている②移民流入によって堅調に人口が増加し住宅需要は増え続けている―と言われている。
その一方で、各州の行政当局は新築住宅の供給量を厳しく規制してきた。住宅需要そのものは旺盛なので、開発許可さえ得ることができれば、日本企業にもビジネスチャンスがあるというわけだ。日本において中古住宅流通が増えない要因には、開発規制が緩かったため、大都市郊外の農地などを宅地化して新築住宅を建てやすかったこともあるだろう。その結果、中心市街地が空洞化して空き家が増えてきたと言える。
米国では戸建て木造住宅の工法も2×4工法で標準化されている。住宅ストックのほとんどが2×4工法なので、建設会社にとってリフォームや改修に対応しやすい。居住者がDIY(ドゥ・イット・ユアセルフ)を行うにもノウハウを得やすい。住宅ストックを活用しやすい市場構造を形成してきたわけだ。
ただ、米国では2×4工法をプレハブ化するという発想がなかったようで「新築住宅の工期が1年ということも珍しくない」(旭化成ホームズ・川畑文俊社長)という。移民が多く労務費が抑えられてきたので、昔ながらの施工スタイルで工事を行っている。そこで、日本企業は工期短縮を実現する効率化施工のノウハウを持ち込んで、米国市場に攻勢をかけているというわけだ。
■米国で独自工法の住宅がどう評価されるのか
積水ハウスでも、これまでは米国スタイルの2×4工法で事業を展開してきたが、これからは同社の施工ノウハウを加えた「ニュー2×4工法」を導入し、主力としていく考えだ。基本構造は2×4工法なので、中古住宅市場でも高品質の2×4住宅として支障なく流通できると同社でも見通している。
問題は、積水ハウス独自の「シャーウッド」をどのように米国市場で展開していくのかである。すでに同社では、豪州でシャーウッドを販売しており、2×4工法では実現が難しい大開口、大空間の快適性の高い住宅として、米国市場でも一定の需要が見込めると判断したと思われる。ある住宅メーカー幹部も「積水ハウスさんも、フラグシップモデルとして米国に持っていきたいのではないか」とみているが、シャーウッドはクローズド工法なので、住宅オーナーが代わっても積水ハウスが面倒を見続ける必要がある。中古住宅流通市場が発達した米国において、その点がどのように評価されるのかが興味深いところだ。
日本では、新設住宅着工戸数は2023年度で前期比7.0%減の80万0176戸で、辛うじて80万戸を死守した。うちプレハブ住宅は同10.2%減の10万0572戸で、全体に占めるプレハブ比率は12.6%となり、2005年、2006年以来の12%台を記録した。1992年にプレハブ住宅は年25.3万戸、プレハブ比率は17.8%を記録したが、、その後は下落傾向が続いている。
日本では、さまざまな分野で人手不足が進んでいるが、住宅業界でも「大工」不足が深刻化だ。「軸組工法」と「2×4工法」の両方を手掛ける大手ビルダーの現場で、軸組と2×4で大工を分けて育成していると聞いたことがある。大工にとっても一人でいくつもの工法を習得するのは至難の業だ。今後、ますます大工不足が進む中で、工法の乱立は大工養成にとって障害になるのではないか。
筆者が2008年に書いた学生向けの業界研究本「住宅」(産学社)の前書きで次のようなことを書いた。完全なクローズド戦略で液晶技術の優位性を維持しようとするシャープの「亀山モデル」と、汎用部品を使って商品化し世界市場を席捲したアップルの携帯音楽プレイヤーの「iPodモデル」を対比して、「これから少子高齢化が進む日本で求められるのは手軽に住み替えたり、二地域居住したりできる『iPod』型の住宅市場ではないか?」と。
それから20年近くが経過し、今年5月にシャープは液晶事業からの撤退を発表した。5月19日付けの日経新聞には「シャープ液晶、遅すぎた撤退」との記事が掲載されていたが、改めて「囲い込み」戦略の難しさを実感した。
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