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ショートショート。のようなもの#48『横殴りの雨』

 その〝雨坊や〟は、横殴りの雨になりたかったけれど上手く横殴りの雨にはなれなかった。
 やっぱり雨として産まれたからには、人間をびちょびちょにして大勝を治められるくらいの横殴りの雨になりたかった。
 人間が思春期に、ヤンキーに憧れてほんの少しの悪さをするように、〝雨坊や〟も悪ぶってみたかった。
 でも、それは物理的になかなか難しい話なのだ。なぜなら、地球には重力があるからだ。
 どうしても空から降ってきた雨は、重力に逆らうことはできずに上から下へ、つまり縦に降るのがごく自然なのだ。
 だから、横殴りをするにはかなりの筋力と技術が必要となる。
 雨たちは、初級編として、殴るのが難しい場合は横叩きくらいから訓練なんかをしてみたりもする。
 しかし、それすらも難しい〝雨坊や〟は、人間界へ潜入して水道やシャワー、トイレの水となり過酷な研修を受けることとなる。
 水仲間に揉まれながら、様々な水職を経験して1年が経った頃、〝雨坊や〟は努力の甲斐あってようやく噴水やプールの目洗い水といった重力に逆らう動きが必要となる、中級編をクリアできるようになった。
 そして、横殴りに一番近い筋力と技術が必要となる卒業試験、洗車機試験も見事に合格した。
 あの頃とは見違えるくらいに力強く華麗な横殴りを披露して見せた。

 そして、あの日から3年が経った。
 いよいよ自然界へ戻り横殴りの再挑戦のときが来た。
 〝雨坊や〟は、秋雨前線組合所属の雨たちと一緒に雨雲で運ばれながら降水地点へとたどり着いた。

 時刻が訪れると、先輩雨から順々に勢いよく地上へ降り注いでいく。
 〝雨坊や〟は期待と不安で胸が張り裂けそうになりながら、自分の出番を待った。
 係の者が「次の〝雨坊や〟どうぞ」と事務的に声をかけた。
 〝雨坊や〟は、ふーっ!と一息ついてから勢いよく曇天の大空へ飛び出した。
 灰色の空を切り裂くように、〝雨坊や〟は地上へ一直線に突き進む。
 真っ直ぐに…真っ直ぐに…真っ直ぐに…。

 地上まで100メートルとなり、横殴りをする人間のターゲットを定め始める。
「あそこにいるサラリーマンにしよう!折り畳み傘だし、隙だらけだ!」
 俊敏に確実にターゲットとなるサラリーマンに近づいていく〝雨坊や〟。
 80メートル…50メートル…30メートルとなって横殴り体勢に入った〝雨坊や〟は思い切り腹筋に力を込め、身体を地面に対して垂直に傾けてサラリーマンを目掛けて一直線で突き進む!…はずだった。
 しかし、〝雨坊や〟はサラリーマンを目の前にした途端に急に速度を落として緩やかに地面へと降水してしまった。
 心配になった雨先輩が、駆けつけて事情を聞くと、〝雨坊や〟は、答えた。
「人間界で修行をさせてもらって、人間の生活を間近で見て、人間と密接になったせいで横殴りの雨で人間に迷惑をかけるが嫌になっちゃったんです。なんだったら、ぼくは、人間たちと仲良くなりたい。困っている人間を救いたいんです」
 そう力強く告げると、〝雨坊や〟は翌日に雨会社へ辞表を提出した。
 人間界へ移住して消防車から放たれる〝放水坊や〟となるために。

               ~Fin~

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