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ショートショート。のようなもの#38『客観視』

「もっと自分のことを〝客観視〟しろよ!」
「〝客観視〟だよ、客観!わかるか!?もう一人の自分が自分のことを俯瞰で見てる感じのこと!わかるか?〝主観〟だけで考えてるから、お前はダメなんだよ!」

 毎日、耳にタコができるまで上司に言われ続けてきたセリフだ。
 これだけ、口を酸っぱくして言われたら、いくら鈍感な私でも〝客観視〟ということを意識せざるを得ない。
 潜在意識の中で、いつもどこかで〝客観視〟を意識していたのだろう。
 ついに、私は、今日、スーッと自分から抜け出してしまった。
 どういうことか?つまり、実際に自分のことを俯瞰で観るために、自分の身体から〝客観的〟な自分が抜け出してしまったということだ。
 まるで、幽体離脱のように少し宙に浮きながら天井に頭を擦りながら〝客観的〟な形態となって、そこにいる自分のことを俯瞰で眺めている。
 私は、しばらく呆然と立ち尽くし…いや、浮き尽くしていたが、状況を理解していくにしたがって、このままではダメだと思い何とか戻ろうと試みた。
 しかし、初めての〝客観〟からの戻り方などわかるはずもなく、仕方なく諦めて〝客観〟として過ごし始めた。
 幸いなことに、元々、私が入っていた方の本体は本体で〝主観〟として楽しく生きているようだ。
 〝客観的〟に見ることがなくなっただけで、〝主観〟のみで生きている。

 さて、〝客観〟として生活するようになってから暫くすると、えらいもので、この生活に慣れてきた。
 すると次は、今の〝客観〟状態が〝主観〟のような気になってきてしまうのである。
 つまり〝客観〟を〝客観的〟に観なくてはならなくなってきた。
 なので、また、〝客観〟の自分を〝客観的〟に見つめ始めた。
 すると、あろうことか数日後にまた、現〝客観〟から抜け出してしまった。
 で、またその数日後にも〝客観〟から抜け出し…まるでマトリョーシカのように毎日毎日、自分の中から自分が抜け出していくような感覚。そんなことを日々、繰り返すようになった…。
 今となっては、うちの押し入れの中は、溜まりに溜まった過去の〝客観〟だらけになっている。
 仕方なく折り畳んだ過去の〝客観〟は、布団圧縮袋を使い何とか整理整頓している。

「…ところで、私は今、何人目の〝客観〟だろう…?」
 ふと、そんなことを思った。
 私は、今、自分自身が何人目の〝客観〟なのかわからなくなってしまっていたのだ。
 だから、私は、またしても、状況を理解する為に客観の客観の客観の客観の客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の…客観の客観を客観視しようとしたが、どう足掻いても何故かもう抜け出すことができない。
「…ん?これは、一体どうなっているんだ…?」
 不思議に思いながら、辺りを見回しているうちにその疑問は解決した。
 部屋中には、抜け殻のようになった大量の〝客観〟が散乱しているが、どこを探しても、肝心の〝主観〟が見当たらないのだ…。


              ~Fin~

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