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ショートショート。のようなもの#41『ベロチュー発電』

 なぜか僕の部屋の一角には、見知らぬおじさんが立っていた。
 今日、このマンションへ越して来たところなのに、なぜか僕の部屋のクローゼットの前には、ブリーフ一丁の見知らぬおじさんが仁王立ちをしていた…。

 僕は、この春から都内の大学に通うために田舎から上京して、都心から少し離れたところの不動産屋さんを何軒か廻った末にここに決めたんだ。
 決め手は、何と言ってもその安さだった。というよりも、正確にはタダなのだ。
「悪いけどね…家賃や光熱費は取らないから、ここに住んでくれないかい?」と、不動産屋のおじさんに言われ、田舎から出てきた僕は、少し怪しんだりはしたけど「まぁ、タダなら…。それに、曰く付きだとしても大学での話の種になるか…」と安さの誘惑に負けて入居を決めたのだった。
 そして、入居日の今日、今まさに不動産屋で受け取った鍵で新居のドアを開けた瞬間に、おじさんが立っていたのだ…。

 私は思わず「え!」と声を漏らした。一瞬、部屋を間違えたのかと思ったが、目線を表札に移してもやはり僕の部屋番号が記されている。
 おじさんは、じーっとこっちを見つめている。
 あまりの恐怖と混乱で足がガクガクと震えだして、その場から立ち去ろうにも体が言うことを聞いてくれない。
 自分の脈が早くなるのを自覚しながら、思考が停止しそうな脳ミソを懸命に動かした。
「…えーっと、僕の部屋に人が、いる?…なんで? 部屋違いでもない?となると…? うわ!やっぱり出るんだ…絶対幽霊じゃん、幽霊。…ん?でもやけにハッキリ見えてるなぁ。それに足もある…。どういうことだ?…あっ!そうか入居日だから大家さんとか電気会社の担当の人が…?にしては、余りにも怪しい雰囲気を醸し出している…」
 僕は、固まった体を必死に動かして開いたままのドアに隠れながら、震える手でポケットからスマートフォンを出して、契約した不動産屋に電話をかけてみた。
 すぐに繋がったので、一つづつ整理しながら今の状況を伝えた。すると、僕の話を聞き終えた不動産屋があっけらかんと、こう答えた。
「えーっとお客様、常識的に考えてお分かりにならなかったですか?都内のマンションが家賃も電気代もかからないのですよ?何もないわけがないでしょー?そら、お客様に家賃分の働きをして頂く為に無料にして差し上げてるので御座いますよ。先日、サインをして頂いた契約書の下の方にしっかりと記載はしておりましたのでご納得頂けてるかと思っておりましたが…」
「いや、そんな細かいところにこんな重要なことを書かれても…」
「しかし、サインを頂いておりますのでね~」
「わ、わかりました。じゃあ、一旦その話は置いておいて、さっき仰った〝家賃分の働き〟って一体何なんです?」
「あー、それでございますか? それでしたら、〝ベロチュー〟でございます」
「はい?」
「ベロチューでございます。お客様には、家賃を無料でお住み頂く代わりに〝ベロチュー発電〟に協力して頂きます」
「…はい?ベロチュー発電…?」
「さようでございます。初めてでお分かりにならないかも知れませんが、単刀直入に申しますと、そのおじさんとベロチューをして頂くということでございます」
「は?」
「ですから、そのおじさんとベロチュー、つまりは深い口づけをして頂くのでざいます。全ては発電の為ですがね」
「発電?」
「さようでございます。そのおじさんは、発電を行うことができるのです。人間誰しも人体には、僅かながら電流が流れております。そのおじさんは、それを貯めやすく又、増大させることができるのです。ほら、人によって静電気を感じやすい人っているでしょ?あれと同じです。そして、その発電は体が火照ることにより行われる。さらに、その滞留した電力をマンション中で使用するのです。ですから、あなたがお入りになったお部屋の方は、おじさんを火照らせる担当者となるのです。そのおじさんは、ベロチューで火照されるのが一番効率が良くて最適だと申しております。ですから、大変お手数ですが、早速ベロチューおじさんと口づけを交わして頂けますか?」
「退去します!無理です!解約します!」
「あらら、しかし、ご契約は2年契約ですので、どうしても…と仰るのでしたら違約金200万円をお支払い頂くという形に…」
「いや、でもそんな…」
 その瞬間、チラッとベロチューおじさんと目が合って何とも寂しそうなチワワのような瞳でこちらを見つめているを確認してしまった。
「…違約金200万、、わかりました…!それじゃあ、一旦このままで大丈夫です」
「さようでございますか。大変恐れ入ります。それでは、ベロチューの方、何卒よろしくお願い致します。失礼致しますー」
 電話を切ったときには、おじさんは既に、洗面所で歯みがきを初めていた。
 それを見て、僕も渋々隣に並んで歯を磨いた。
「…大学入学早々、えらいことになったなぁ」そう思った。

 歯みがきが終わるとおじさんは、発電装置のある所定の位置に仁王立ちになり目を閉じて待っている。
 僕は、おじさんの目の前に立つと、天を見上げながら、ふっと一息を吐いた。脳裏には、故郷にいる両親の顔がちらついた。なので、ぶるぶるっと頭を左右に振って二人の顔を彼方へと飛ばした。未だにおじさんは目を閉じてる。
「仕方がない…」
 僕は、清水を五段重ねにしたくらいの舞台から飛び降りる気持ちで思いきっておじさんにベロチューをした…!(この辺りの描写は割愛させていただく)
 
 やり終えるとおじさんは、はっきりとした口調で「はい、有り難う御座います。確かに頂戴致しました」と、やけに事務的に答えやがった。
 ふと頭頂部に目をやると、発電をしたからだろうか?キレイに禿げ上がったそれは、まるで電球のように光輝いていた。
 その瞬間に、二人で産み出した電力はマンション中に送られて、まるで各家庭が命を宿したかのように煌々と輝き始めた。
 僕は、マンションの外へと駆け出して、おじさんと二人でそれを眺めていた。
 しかし、このときの僕はまだ、この奇妙な儀式を毎晩行わないといけないなんてことは、知るよしもなかった。

 ベロチューおじさんの燃費が悪いのか?マンションの住人が無駄遣いをしているのか?理由は定かではないが、毎晩毎晩、ベロチューをしないと停電になってしまうのだ。
 それがわかってから、僕の毎日のベロチューライフが始まった。
 始めの数日は、もちろん抵抗はあったものの、数週間もすると、僕もえらいもので慣れてきて、おじさんとのベロチューが毎晩のナイトルーティンになってきた。
 お酒を呑んで帰った夜や、にんにく料理を食べた日は、おじさんは少し怪訝そうな表情を浮かべた。なので僕は、必ずブレスケアを常備するようになったし、なるべく摂取しないように努めた。
 全ては、家賃タダで暮らすため、そしてマンション中を照らすためだ。別に、おじさんに好かれたいとかではない。…たぶん。
 
 困ったことに、暫くするとおじさんも僕の普通のベロチューでは火照らなくなってきた。
 異変を感じておじさん問い詰めると、あろうことか少しづつ僕のベロチューに飽きてきているのだと言い出した。
「なんで、こんなおじさんとマンネリ状態にならんとあかんねん」と、思わず声に出かかったが何とか寸前で止めた。

 仕方がないので僕は、おじさんに喜んでもらうために、恋愛雑誌を読み漁って様々なベロチューを試みた。
 ある日は、壁ドンからのベロチュー。またある時は、アゴクイからのベロチュー。そして、ナースのコスプレをしてのベロチューなどを試してみた。
 が、しかし、それらも少しは効果的だが、マンション中に電力を送れる程の発電にはならなかった。
 
 僕は堪らなくなり、思いきってデートへ連れ出したりもした。
 初々しいムードを味わうために、昼間の公園で待ち合わせをして、動物園を二人で回り、お昼ご飯は早朝から作った手作り弁当をあーんしながら食べた。さらに、夜は夜景のキレイな高級フレンチで食事をして、バーキンのバックまでプレゼントした。
そして、二人で手を繋ぎながらマンションへ帰り…いざ、ベロチュー!今日こそは、火照るに違いない!…熱いベロチューを交わし唇を離してゆっくりと目を開けて頭頂部を確認した。
しかし、めちゃめちゃ皮膚の色丸出しだった。
「いや、光らんのかい!」
と、僕は思わずおじさんの胸の辺りを、手の甲で叩いてツッコんでしまった。
「どうすれば、いいんだよ!このままではマンション中の電力が尽きてしまう。何とか打開する方法はないのか!?お前も一緒に考えろよ!」
 僕の言い分を聞き終えると、おじさんは目に薄っすらと涙を浮かべながら「…申し訳ございません」とだけ呟いて、僕に背を向けて、部屋を出ようと玄関のほうへ歩み出した。
 そして、ドアノブに手をかけた。
 その瞬間、外から扉が開けられてパンチパーマでサングラスをかけた男がヅカヅカっと入ってきた。
「お~、久しぶりやのう!元気にしとったんかい?ベロチューはん」
 おじさんは、驚いた表情だけ浮かべて何も答えない。
「ん?どないしたんや?わしのこと忘れたんやなかろうなぁ!?そんなわけないわなぁ、3ヶ月前までお前と毎晩ベロチューしとったんやもんなぁ!?」
 一通り言い終わると、僕に気づいた男は。
「あん?おまはん、誰や?…あ~、次の住人か?そうかそうか、どないやこいつとのベロチューは!?ええやろ?気持ちええやろ!?」
 僕は、一気に色んなことが起こりすぎて何も言い返せなかった。
 すると男は続けた。
「いや~、ちゃうねん。今、そこで呑んどったんやけどな、一緒に呑んどったツレが先帰ってしまいよって何や寂しいなぁ思て…。ほたら、ここにベロチューさせてくれるやつおった!思てなぁ、ほいで来たんや~!おい、おっさんベロチューさせてくれや!なぁ、おっさん!ベロチュー好っきゃろ?興奮するねやろ!?なぁ、おっさん…そんな嫌がるなやぁ!かまへんやろ」
 強引に腕を掴まれたおじさんは、苦痛に顔を歪めていた。
 僕は反射的に「やめよろ!嫌がってるだろ!」と叫ぶと、その男の顔面を思い切り打っていた。
 男は、その場に倒れ込むと腰を抜かしたようによたよたと壁つたいに逃げていった。
 急いでおじさんの元へ駆け寄ると、おじさんはまだ恐怖で体が震えていた。僕は、近くにあったブランケットをおじさんにそっと掛けてあげた。
 おじさんの、震える瞳は健気にこちらを捉えている…。
 僕は、おじさんの両肩に手を置いて優しく肩を抱き寄せて、ゆっくりと唇を近づけた…。
 おじさんが目を閉じるのを確認して、僕も目を閉じた…。

 唇と唇がやさしく触れた。

 事務的なベロチューではなく、愛を込めた優しいキスだった。
 ここ数ヶ月で幾度となく、おじさんと唇は重ねたけど、本当の意味で相手を想って行ったキスは、これが初めてかもしれない。
 手を添えてる肩からは、おじさんの温もりが伝わってくる。
 僕は、この時間が永遠に続いてほしいと心から願った。
 それくらい幸せだった。
 僕はいつの間にか、おじさんに恋をしていたんだ。今気づいた。そして、その恋は愛へと変わっていたんだ。
「僕は、心から貴方のことを、愛してます」
 おじさんの瞳を見つめながら、はっきりとした口調で告げた。
 それを聞いたおじさんは、頬を赤らめて少しだけハニかんだ。
 しかし、肝心の頭頂部は…めちゃめちゃ皮膚の色丸出しだった。

「いや、光らんのんかーーーーーい!!!」

 と、ツッコミを入れようとしたが、それは止めた…おじさんの胸の辺りがほんのりと光っているように見えたから。


              ~Fin~






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