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下戸が浴びるように呑んでいた7年間②

ほどなくして、念願だった病院での正規採用の仕事で採用されて、モンタナへ引っ越すことになった。
私のストレスの原因は、就職がうまくいかない、ということが主だったので、これで酒量は減るのかと思った。
だが田舎で、どこへ行くにも車の移動だったし、友達付き合いもなかったので、やることと言ったら、家で呑むぐらいしかなかったから、相変わらずだった。

さらに、ニューオーリンズに引っ越してからは、仕事も希望通りの部署で働けることになり、一緒に出かけられる友達もできた。
だが、ニューオーリンズという土地柄が極限にアルコールに寛容な土地で、
(嘘みたいだが、ドライブスルーのダイキリ屋があるのだ。ドライブスルーである)
バーも朝から空いてれば、路上飲酒もできる、友達もみんな呑む人たちだったので、酒量は決して減ることがなかった。

私の場合、体調も悪くなかったし、仕事への影響もなく、
飲酒によるメリットがデメリットを圧倒的に上回っていたので、酒量を減らす必要性が感じられなかったのだ。

さらなる転機が訪れたのは、コロナ渦になってからだった。
当時シアトルで働いていたのだが、相変わらず1.75Lのお徳用サイズのウィスキーを買って、家呑みする毎日を送っていた。
だが、コロナワクチンを接種した後ぐらいから、急に体が一切のアルコールを受け付けなくなってしまったのだ。
いくらでも呑めたウィスキーも、一口で昔ビールを呑んだ時のように、気持ち悪くなってしまったのだ。

そんなわけで、それからピタッと吞まなくなり、図らずも、いとも簡単に断酒がかなってしまった。
当時はロックダウンだったし、呑み友達とも遠く離れていたので、のまなくなっても全く困らなかった。

コロナが落ち着いてきた頃、再びNYへ戻ってきて、
友達と出かける機会も増えてきた。
それで、ウィスキーなどの度数の高いお酒を注文する気にはなれなかったので、かといってビールものみたくなく、ではワインでも…ということで注文してみた。

昔はワインでも、ビール同様に一杯のんだだけで気持ち悪くなってしまったけれど、今回は違った。
ウィスキーの時のように、気持ちよく吞めたのだ。
そこから、今度はワインを家呑みするという、サイクルにむかってしまったのだった。

ワインは愛好家が多いし、蘊蓄に切りがないジャンルのお酒で、
そういったものを調べるのも知的好奇心を刺激することこの上なく、
ただ吞んでいるだけだというのに、なんだか高尚な趣味を持てたようで嬉しかった。

しかし、ワインは蒸留酒ではないので、糖質が高い。
さらに私は、ワインの中でも糖質が高めの、白ワインだけを好き好んで呑んでいた。
というわけで、自覚のないまま、体重が増加し、見た目がどうこうというよりも、膝を痛めるに至って、ようやく危機感をおぼえた。

同時に、プレ更年期の容赦ない症状に悩まされるようになり、毎日耐え難い疲労感に襲われることになった。
その状態では、さすがに気持ち悪くて、呑む気にはなれなかったので、
ここに来て再度、図らずも断酒できることになったのだ。

それが今から2年前のことである。
今現在は、人と出かければ付き合いで呑むし、
ごくまれに、家でビールを呑んだりすることもある。
ただ、すぐに気持ち悪くなるので、毎回後悔する羽目にはなるが。

今後、また揺り戻しが来て、再び吞み始めることにはならないとは限らない。
だが、その可能性はかなり低いだろうなという気はする。

もちろん吞んだくれていた日々がなかったら、
体型は崩れてなかったし、健康状態も今よりはよかっただろう。
しかし、別に呑んでなかったらといって、有意義な時間を過ごせていたとは思えないし、友人たちとの出会いがあり、楽しい時を過ごせた吞んだくれの7年間を、懐かしんでしまうのだ。

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