脱皮

歳を重ねるに従って、どんどん正直になっている気がする。

大人になるとみんな、見栄を張ったり妥協したり媚を売ったり世間体のために自分を作るように小狡くなっていくのかと思っていた。

「大人と子供の間」なんて時期も過ぎてきたこの頃、そんな大人像とは裏腹にどんどん正直になっていっている自分に驚く。

小さい頃の方が見栄を張って出来ないことを出来るように見せたり、知らないことを教えてくださいと言い出せなかったり、好き嫌いを抑えたり、人からの印象を裏切らないように自分を偽ったり、とにかく「他人を失望させないように」と必死だったような気がする。

色んな人と関わってきて、その都度猫を被った自分を反省して「次に出会う人にはこんな正直な部分を見せてみよう」とか「次会ったときには取り繕わない言い方をしてみよう」と決めていくうちに、私は脱皮していたのだ。

思えば、「大人なんだから知らないこともないし何でも完璧にできて当たり前でしょ」という妙に大人に対して期待の大きい、厳しめの子供だった。両親や周りの大人の人に恵まれていたんだと思う。

中学生の頃勉強でわからない部分を聞いたとき、完璧なはずの親に「分からない」と言われてひどくショックを受けたことを覚えている。「なんで大人なのにわからないの」って当たり散らした。学生生活の中で唯一尊敬している先生が当時の担任で、三者面談の時に「大人だってわからないことはたくさんあるよ。ママは先生じゃないんだから」って言われて、当時は全然理解できなくてむくれていたけど今なら痛いほどわかる。

まだ大学生という身ですら、三平方の定理とか平方根とかルートとか言われてもなんかやったなーくらいにしか思い出せない

知識を積み重ねて貯蓄することで成長していくのではなく、学ぶことによって自分に合わないものを切り捨てて生きていくのが人間という生き物なのか。そうなると、「勉強ができる大人」は完璧で偉いのではなくてただ勉強が性に合っていた大人という事になる。

きっと私が小さい頃に描いていた大人なんてものは存在しない。今の自分が小さい頃に想像していた大学生よりもずっと未熟であるように。

どんどん正直になっていくことができているのは、どんなに素敵な大人でも必ず欠点を抱えて生きているという事に気が付けたこと、天才や完璧な人間は存在しないという事に気が付けたことが大きい。

だったら正直に弱い部分を見せてくれる大人の方がかっこいいと思ったのだ。武器や武装で身を固めている人よりも、裸一貫で拳で戦っている人間の方が私は好きだ。

切り捨てて身軽になると、自分の得意不得意が俯瞰できるようになる。自分の得意不得意を認めることができると、他人の欠点を認められるようになる。だれしも欠点はあるという事。そうして足りない部分をお互い補填しあって、出来ないことは素直に人に頼るという事ができるようになると、本当の意味での仕事ができるようになるんじゃないか。

そうして脱皮した者同士で行われる仕事というのは、商業性からではなく関係性から生まれるものなのだから、気持ちのいいものに決まっている。

あ、だからスーツや嘘だらけの志望動機で武装して挑む「就活」が私には附に落ちなかったんだな。

気持ちのいい明るい正直さを持っている大人になりたい。脱皮した抜け殻をも恥と思わないような。他人の脱皮を卑下しないような。「私も昔かっこつけてたんだけどさあー!」みたいな。

「正直さ」と単なる「我儘」を履き違えないようにしたい。

「正直さ」というのは自分の弱みを自らさらけだすこと。そして人の弱みも理解してあげること。「我儘」は自分をさらけ出すことはせずに相手に対してばかり何かを求めること。自分が優位な位置に立って他人に対して「ああしてほしい」「こう思ってほしい」「どうなってほしい」と上から物をいう事。これは幼児から何も変わっていないだけの状態なので、子供の「我儘」と大人の「正直さ」をしっかりと区別すること。

これを区別できずに、ただ我儘放題の大人を「アーティスト」だとか「天才」だとか呼んで甘やかす場合もあるけど、これはよくないとおもうなー非常に。何かを表現する人間は何かと生徒や周囲の人間から崇められることが多いけど、そうやって崇められるだけ崇められた人間の末路はどうしても寂しい。もう弱みを見せることが出来ないからだ。悲しい。

崇められるという立ち位置が自分にとって誇りという人ならもうそれは仕方のないことなのかもしれない。常に失望されないようにと、頑張って生きていくしかない。

逆にそれが息苦しい私に残された道は、脱皮していくことしかないのだろう。取り繕うことにつかれるなら、自ら剝いでいくしかない。

脱皮し尽してもう格好つけて生きていく必要がなくなったとき、私は寿命を迎えられたらいいな。誰も抗う事の出来ない人間にとっての一番の弱み、「死」を気持ちよく見せることができたらいいな。


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