27

私は鬱病になりかけたことがある。

どこからが鬱でどこからが甘えなのか、その境目はわからない。

とりあえず病院で適応障害と不安障害があるから薬を飲みましょう、と言われていた。

病院には多分通い続けなきゃいけなかったのだと思うが、それをする気力は残っていなかった。

今は安定している。

休学をして、自分と向き合い、ストレスになる環境から一時的に離れて、多忙すぎたためバイトを減らしたり、週に1度はリラックスできる日を設けたりしていると改善したのである。

生活リズムを整えたり、ほんとに、自分を癒してあげられるのは自分だけだから。

それをするのはすごく難しいことだけど、やっと自分を理解できたきたかもしれない。

その上で変わらない部分もある。

私には生きる意味が何かまだわかっていない。

気持ちが落ち込んでいた時期よりは元気な日が多く、何になりたいか明確な目標も、チャレンジしたいこともある。


でも別に、明日あなたは死にますと言われても動じない。あ、そうですか、程度。

自殺をするほどでもない。生きている実感がないのかもしれない。

こんなことを言うときっと、病気で余命宣告をされている方や本当に悩んでいて自殺をしたい人たちから批判されると思う。

自分がよくわからない。

あまり日々を大事に生きていないのかも。

それが嫌で日記を続けているのかもしれない。何になるかもわからない日を意味もなく記録している。

自分はどこに進んでいるんだろう。


こんなことを言うけれど、実際はカッコつけたいから27で死ぬだろうなと思っている。

シドのように21では死ねなかったが、それまでに世界的に有名になって、若いうちにすごい功績を成し遂げたら27で死ぬ。

というのは冗談で、きっと年を重ねてからやっと功績を残すだろうし、親より先に死ぬのは親孝行できて無さすぎる。

どこに向かって生きているのかわからないけど、それもわかるようになって、自分の成し遂げたいことを一つ一つ大切にできたら良い。

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