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事件は密室で起きた(コエヌマ)

2度目の緊急事態宣言が発令された2021年1月8日から、月に吠えるは基本的に休業している。週末などに開けることもあったが、お酒の提供禁止なる施策が始まってから、それも叶わなくなった。

お店を閉めているため、人の出入りも当然ない。そんな密室空間で事件は起きた。

休業中ではあるが、店先で育てているミントの鉢植えに水をあげるため、僕はほぼ毎日お店に行っている。そしてお店に何か変わったことがないか、確認もしている。お店が休みなのをいいことに、空き巣に入られたという事案がポツポツ発生しているからだ。

ある日の夕方、僕はいつも通りお店に行った。中に入った瞬間、違和感を覚えた。店内風景は普段と何も変わらなかったが、人が立ち入った気配が残っていたのだ。スタッフたちは合鍵を持っているので、その誰かだろうと思ったが、何の用で入ったのだろうか。

念のため僕は、お店の様子を隅々までチェックした。すると、備え付けのごみ袋に、男性用下着の包装袋が捨てられているのに気付いた。恐らく、コンビニで販売されているものだ。もちろん心当たりはない。

僕はカウンター席に座り、アームチェア・ディティクティブ(安楽椅子の探偵)のごとく推理した。そして、ひとつの結論にたどり着いた。

実はこの日、酒類の提供禁止が、一時的に解除になったタイミングだった。久々に堂々とお酒を飲めるということで、酒好きのスタッフがゴールデン街に繰り出した。そして正体不明になるまで泥酔したのだろう。お漏らしをしてしまい、コンビニでパンツを買って、履き替える場所として月に吠えるを使ったのだ。

だとすれば、事件のカギはトイレにある! ドアを開けると、僕の推理を裏付けるように、便器は汚物で汚れていた。きちんと掃除すらできないほど、酔っ払っていたのだろう。僕は吐きそうになりながら、清掃用ブラシを手に取った。

後は自供をさせるばかりである。スタッフのグループラインで、犯人と思われる者を問い詰めたところ、「私がやりました……」と認めたのだった。

『黄色い部屋の謎』のガストン・ルルーをはじめ、ディスクン・カーやG・K・チェスタトン、江戸川乱歩など、密室ものの推理小説を書いたそうそうたる作家たちに、ほんのわずかだが肩を並べた気がした。

お店が休みでも、このようにしばしば事件は起こる。だから、酒場は面白い。(コエヌマ)

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