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あの光る棒を振ってる@こんな妄想をしている。

子どもから質問されたんです。
時々見かける、道路で光る赤い棒を振ってるひとは、ボランティアなのかって。
はて?
交通安全週間などで警察の人がやっていることもあるし、工事現場では工事の人たちがやってるんじゃないかな、と答えると、子どもは、あの仕事をしている人たちのお給料がどこから出ているのかが知りたかったらしく、
警察なら税金だね、と。
うーん。
工事現場なら工事している会社からお給料が出ているだろうけど、それが県道や市道なら、発注元は自治体でしょうから、それもまた税金からお給料が出ていると言えるかもしれません。
まあそうだね、と応じながら、私が考えていたのは別のことでした。


 ドアの窓に貼られた紙には、「交通警備研究会」と几帳面な文字で書かれている。ノブを回す前から、中でやり合う声は廊下にもれ聞こえていた。
「……はよーっざいまーす」
 できれば関わり合いになりたくないのに、ドアの前で回れ右するという選択肢を思いつかず、小声で挨拶して室内に滑り込む。入ってすぐ壁際の書棚にもたれかかっていた三年生の昭島さんが、おう、と口だけ動かしてこたえてくれた。苦笑いと視線で示されるまでもなく、部室の奥でもめているのは三年生の三輪さんと、僕と同じ一年の相葉だった。
 いや、正確には相葉が一方的に三輪さんに絡んでいる。肘掛けの折れた回転椅子に、腕組みして座っている三輪さんは、黙って相葉の言い分を聞いていた。
「だから、一年生は誘導棒を振る資格はないってのがおかしいんですよ!」
 そのことか、と僕は首をすくめる。
 相葉から、何度か聞かされた持論だ。
 交通誘導業務検定の1級さえ取ったら、一年だろうが誘導をやらせてもらえていいはずだ、今の、二年生以上でなければいけないというルールはおかしい。
 こんなとき、四年生の先輩がいれば、うまく相葉のことを諭してくれるのだろうけど、もう就職活動に忙しい時期で、活動にもほとんど参加していない。
 活動がSNSなどでバレたら内定にも影響するかもしれないと、三年生の途中あたりから辞めていく人が多いとも聞いている。
 僕たち「交通警備研究会」の活動は、ゲリラ交通誘導だ。
 特に頼まれてもいない場所ーー交差点や横断歩道で、交通誘導を行う。青信号になったら笛を吹いて信号待ちの人々の歩みを促す、ただの交通整理の場合もあるけど。
 僕はバイトしてようやく買ったマイ安全靴をみんなに見てもらいたかったのだが、どうもそういう雰囲気ではない。
「こんっな旧態依然の活動やってるようじゃ……存続も危ういんじゃないですか?」
 言いたいことは言ったのか、相葉はいつも履いている安全靴の音を鳴らして部室を出ていこうとした。それまで黙って見ていた昭島さんが、その肩をつかむ。
「なあ、実力のある者が誘導棒を振るべきだっていう、おまえの意見も俺たちはちゃんと分かってる。でもな、この間の二丁目三叉路での活動のときに、」
「昭島、よせ」
 相葉に一言も反論せず聞いていた三輪さんが、鋭く止めた。
「その件なら、俺が時期を見てちゃんと話すから」
「しかし……」
「これとは別の話だ」
 頭越しにかわされるやりとりに、相葉が顔を歪めた。あまりの形相に、ぼんやり見ていた僕の口から、情けなくも「ヒッ」と声が出る。
 それでようやくドアの前に突っ立っている僕に気付いたらしい。相葉が僕へと一歩詰め寄った。
「おまえもそう思うだろ!? 同じだけ厳しい練習して、資格も同じモン持ってるなら、あとは実力主義じゃねえか!」
「え……っと」
 争い事は嫌いだ。
 どうにかこの場を穏便に逃れたくて、部室の中に視線をさまよわせる。ふと、同じ姿勢で座ったままの、三輪さんの静かな眼差しに出会った。僕がこれから何を言っても、黙って受け止める用意がある、そんな深い湖の水面のような目だ。
「……厳しい練習に耐えてきたのは、そりゃあ同じだけど……でも、だったら、上級生は僕たちよりも長く、その練習に耐えてきたんだよね?」
「はあ?」
「だから……だったら、少なくともその分は、僕たち、敬意っていうのかな……そういうのを持たなくちゃって……ああ、ごめん、そういう話じゃなかったかなあ……」
 つっかえつっかえ言っている僕に、昭島さんが大きく笑いかけ、その表情のまま三輪さんにむかって手を広げてみせている。
 大きく舌打ちして、相葉は部室を出ていった。少し間を置いてから、コーヒー買ってくる、と言いながら三輪さんが出ていく。
 二人だけになってから、僕はさっき三輪さんが止めた話のことを聞いてみた。この間の二丁目三叉路といえば、僕にとっては初めての雨の中の活動で、緊張で何が何だったかほとんど覚えていないのだ。
「ああ……」
 弱ったように昭島さんは頬をかいていたが、結局は話してくれた。
 活動前に、誘導棒やチョッキの電池切れチェックをするのは一年生の役割になっていた。誘導棒は、千円程度の安いもののほか、上級生が卒業したとき置いていった、私物の誘導棒もある。型の違う棒を一本一本チェックする。
 あのとき確か、チェック済みは別の箱に入れるよう上級生に指導されたはずだけど、相葉と僕は、箱から取り出した棒のライトをつけて確認しては、取り出した箱に戻していた。相葉が「傷や汚れ具合で見た目区別がつくから」と、チェックしたものを別の箱を用意して分けるのは非効率だと言うのに、僕も賛成したのだ。
 結果、電池切れがあったらしい。三輪さんが二重チェックでそれに気付いたから現場では事なきを得た。
 昭島さんはすぐに一年生の僕たちを叱るつもりだったそうだが、作業を見ていなかった側にも落ち度があるからと、三輪さんが止めた。
 相葉の性格を考えて、告げるタイミングを考えているのかもしれない。自分の交通誘導スキルに絶対の自信を持っている相葉に、初歩的なミスを指摘するのは、こじれる可能性しか感じない。
 僕は作業ミスにひたすら恐縮しながら、「交通警備研究会」のドアをはじめてノックした日のことを思い出していた。……

次回「あの日、桜の木の下のヘルメットで」(続きません)


はい、そういう、妄想をした、というだけの話です。
ここまでしっかり作り込んではいませんでしたが、その場で子どもに、
「いや、あれ、実は部活動だったら面白くない!?」
て聞いたんですけど、ものすごく、理解不能っぽい反応をされました……。
うん、前に似たような妄想話を友達にしたときも、そういう「それのなにが面白いの?」という反応でした。
そうですね、なにが面白いのかと言われると、うまく説明できないんですが。
私はこういう妄想をして面白がっている、という記録として、書き留めておきます。

ではまたいずれ。
ごきげんようごきげんよう。

おもしろき
 こともなき世を
 おもしろく
住みなすものは
 心なりけり

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