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終焉をつなぐ軌跡 2

 魔法使いの伝説で不思議に思うことはない? この伝説を我々がどうやって知るに至ったのか。誰も見たことのない球体の存在が、どうして伝説と化したのか。これは種明かしだから、聴きたくなければここでやめよう。

 真実というのはそれほど整ったものではない。もしかしたら期待外れかもしれないよ。それでもいいなら話そうか。

 実際のところ、球体は彼一人のものではなかったんだ。創ったのも維持していたのも彼ではあったのだけど、その中に招かれた人間というのが何人かいた。彼は優秀な魔法使いだから、弟子になりたいという声も数多くあった。時代を跨いで認められたのは僅かな数だったけれど、その弟子たちは彼が許可すれば出入りすることができた。

 当然ながら誰一人として、彼の代わりにはなれなかった。それくらい彼が行っていたことは規格外だったし、その存在自体唯一無二だった。人よりも緩やかに老いていく魔法使いは、何人かの弟子を見送っていた。既に違う次元に居るかのように、弟子たちは彼と肩を並べることなどできなかった。

 だから彼は世界の終わりを悟ったんだ。弟子たちにはそれぞれの生活があり、そのために人生を賭すわけにはいかない。人のように生きている人形たちを思いながらも、己と共に終焉を迎えるのだと言い聞かせて。

 晩年、魔法使いの元には二人の弟子がいた。一人は歴代の弟子たちの中でも一番に秀でた才能を持っていて、それと引き換えたかのように虚弱だった。もう一人は長命ではあったけれど能力自体は人並みで、弟子というより補佐のような役割で雑事を担っていた。二人は互いを補い合っていたが、しかし体の弱さはどうにもならない。

 外の空気は息苦しい。彼女はいつもそう言っていた。魔法使いの力が満ちた空間は彼女にとって心地好い場所だったんだ。それが終わろうとしているのを察知した彼女は、護らなくてはと思った。自分のためじゃない。彼が生み出した世界を、なくしたくないと思っていた。

 伝説では人形たちが引き継いだとなっているけれど、本当は彼女と人形たちが継いだんだ。彼女も優秀ではあった。それでも、師匠と比べては格段に落ちる。まして体力もなく、一人で制御するのは無理な話だ。だから彼女が媒介となって人形たちの力を変換して、世界を保っている。そしてそれは、彼女の人としての活動を制限することでもあった。

 でもそれでいい。どうせ彼女は自由に動くことなどできないから。決して諦めでも嘆きでもなく、相応しいこととして。魔法使いも彼女がどうやったら生きていけるのか考えていた。その答えがそれだった。彼女はそれから長い間生き続けている。師匠に匹敵するほどの時間をかけて。

 伝説に記されなかった真実は、言葉にしてしまえば、まるで生贄のように見えてしまうだろう? 偉大な魔法使いの残した物だけが一人歩きして、彼女の存在が哀れな供物とならないように、自主的に営みを続ける人形たちが、意思のない文字通りの人形と断じられないように。意図的に隠されているんだ。

 ここに辿り着いた君に告げておこう。もう一人の弟子は、その先を願っている。今でも伝説が正しく伝えられていることを確認しながら、彼らのその後を繋ぐために、協力してくれる者を探して、世界中を旅しているんだ。

 この球体を見付けられた君が、その一人であればいいと、私は心から思っているよ。

2023/7/28公開