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終焉をつなぐ軌跡 1

 一人の魔法使いがいた。優秀な彼には幼い頃から創り続けているものがあり、それは長い年月をかけて構築された、小さな世界の始まりだった。

 球体に収まったひとつの宇宙。最初は誰も知らない秘密の部屋が、一軒の家となり、集落となり、都市となり。世の中のあらゆることを知る度にその知識を蓄える場として、世界は少しずつ拡がっていった。

 野望があったわけではない。彼はただ純粋に、箱庭で遊んでいるだけだった。楽しい玩具として、やがて日々の息抜きとして。人形を設置して、まるで生きた都市の如く機能するように。その中で過ごしながら、人形たちを導く者として、いつしか創造主と呼ばれてゆく。

 時と共に凝縮された魔法の結晶は、彼に命を繋ぐ意味を問いかけた。魔法は彼に常人よりも長い寿命を与えたが、それもいつかは終わりが来る。球体には膨大な力が満ちており、創造主の彼が消えてしまえば均衡を欠き、崩壊してしまうだろう。つまり自分が滅びるとき、この世界も終わる。愛すべき人形たち。己の全てが詰まったこの空間。共に尽きることが決まっている運命を嘆き、それでも受け入れる。それが彼の結論だった。

 人形たちはそれを拒否した。あなたが創り出したものは、あなただけのものではない。けれど私たちの中に、あなたは存在する。だから私たちが生き続ける限り、あなたも生き続ける。世界は終わることはない。

 人形たちが自分の手を離れ、自発的に考え行動し、独立したひとつの命として生きている。その実感を彼自身が得ていなかった事実に愕然とした。一心同体であると認識していたが故に、創造主の自分に最後の権限があると錯覚をしていた。そんな己を恥じ、人形たちに全てを託そうと決めた。

 人形たちは彼の魔法を引き継ぎ、世界の安定を図った。一人に負わせるには重すぎる力を幾人かに分散して、守護者として大地を護った。やがて彼らにも最期の時が近づき始めたが、次の守護者が後を継ぎ、世界は今でも続いている。

 主をなくした魔法使いの家は、彼の魔法によって何人も気付かず近付けない。しかしいつかは風化し、誰かが訪れるかもしれない。どうか触れず、壊さず、できれば護り続けてほしい。それはふたつの世界が交わる、たったひとつの入り口なのだ。

 ……これが、とある魔法使いの伝説。その球体を見付けた者は、まだいない。

2023/6/27公開