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その人だけに価値がある1本のペンを丁寧に選んでいきたい。

岩手県盛岡市で筆記具セレクトショップ「pen.」を営む菊池保宏(きくちやすひろ)さん。小学生の頃の筆箱や鉛筆選びの基準は「カッコイイ」。流行や物珍しさにとらわれない自己の価値観で選んだ「もの」を持つことで、自信が得られました。親友とお母様の話から価値観が深まり、長く持てる「もの」は「持ち主の物語を支えてくれることがある」と気付いた菊池さん。ペン1本、インク1瓶、お客さまの話に耳を傾け、寄り添いながら、丁寧に選びます。

ファッション・ビルやレストランなどが並ぶ通り。
昔は雑貨屋もあり、高校生の頃からよく歩いていた。
「紺色と茶色は好きな組み合わせ」。
勤めていたときは紺のスーツに茶のネクタイを合わせたりもした。
封蝋をイメージした赤いロゴマークの看板が目印。
便箋やノート、メッセージカードなどの紙製品も充実。
ドイツの製図用具メーカーであるステッドラーの万年筆。
胴軸とキャップに使用されているのは、
チーク、マホガニーと並ぶ世界三大銘木のウォルナット。
金属部分はロジウムでコーティングされているので錆びにくい。
ペン先は柔らかく、滑らかな書き心地とされる18Kを使用。

ものの個性を引き出し
人との良縁を取り持つ

それぞれに製造されるまでの物語を持つ「もの」。
菊池さんは、特長を熟知してブランドや商品に「スポットライトを当ててあげる接客を心掛けています」。なんとなく見た目が好みだから手に取るよりも「背景を知って選んだ方が、愛着が湧くはずです」。
「もの」と「人」の物語を強く意識したのは、菊池さんが24歳の頃。親友と闘病中のお母様のエピソードを聞いてからです。死を意識されたお母様に「好きなものを買って」と50万円を渡され、親友は腕時計を購入。それは高校時代に菊池さんと一緒に行ったショップで見付け「カッコイイ」と2人で目を輝かせたものでした。
青春期に2人の憧れだった腕時計。これからはお母様との思い出が加わり、親友の未来まで刻まれるのです。
「『もの』には人の物語を刻む余白があることに気が付きました」
自ら物語を知り、それを伝え、さらに長い物語を、使う人にも紡いでもらいたい。
菊池さんの願いです。

ボールペンは約2000円から、万年筆は約5000円から取り扱う。
接客を通して、お客さまの使用法に合ったものを提案。
「pen.」では扱っていない商品をおすすめすることもあるという。

万年筆のお手入れ
使うことがメンテナンス、という万年筆。一カ月でも仕舞ったままにしていると、インクが固まってしまう。書けないという不具合の原因は、大体がこのインク詰まり。万年筆のインクは水溶性なので、コップに水やぬるま湯を溜めて、ペン先や首軸部をつけたり、コンバーター(吸入器)で吸ったり出したりを繰り返すとほとんどの場合は解決するそう。

「いわてのいいイロCOLOR INK」全12色。
瓶のラベルやパッケージのデザイン、制作も菊池さん。
手間はかかるけれど、棚に並べるからには「自分が納得できるものにしたい」という。

県内各地の物語を
色で伝える「地域色」

特注のショーケースには、ペリカン、パーカー、ヴィスコンティなど菊池さんが厳選した一流ブランドの万年筆やボールペンが並べられ、壁の棚には、万年筆のための便箋やノートなどの紙製品にインク。
どれも市内では珍しい筆記具ですが、菊池さんがプロデュースしたここでしか手に入らないものもあります。
その一つが、2016年から販売している地域色を活かした万年筆インク「いわてのいいイロCOLOR INK」です。宮古市のふるさと納税返礼品にもなっている「浄土ヶ浜エターナルグリーン」をはじめ「龍泉洞ドラゴンブルー」「久慈アンバーイエロー」など全12色。調合はすべてセーラー万年筆(株)に依頼しています。
2021年からは、県内在住のガラス作家・平野元気さんに制作を依頼したガラスペン「いわてのいいイロGlass pen.」も販売。久慈市久慈駅から大船渡市盛駅までを結ぶ三陸鉄道の車両カラー、青・赤・白の「さんてつトリコロール」が螺旋状のラインになってデザインされています。
どちらも一般社団法人日本地域色協会が提案する「いわてのいいイロ発信プロジェクト」に賛同し、独自に企画した商品です。
「単純に特産品や名所を発信するのではなく、背景の物語を色を通して伝える、という趣旨が素敵だと思いました」

「浄土ヶ浜エターナルグリーン」。
「さながら極楽浄土のごとし」と感嘆した
宮古山常安寺七世の霊鏡竜湖和尚が名付け親とされる浄土ヶ浜には、
約5200万年前から変わらない自然の風景が現在も残されている。
ガラス作家の平野さんによるガラスペン「いわてのいいイロGlass pen.」。

いわてのいいイロ発信プロジェクト
「地域資源の発信」事業モデルの開発を目指す、一般社団法人日本地域色協会のプロジェクト。地域資源の「色」と「物語」を県内外に伝え、地域の価値を広めて次の世代へバトンを継承することが目的。色・ネーミング・物語を一般公募で募集。応募の中から事務局や県内外の業界関係者、関係機関による選考と調整を経て12色を決定した。
具体的な色はDICカラーデザイン(株)と共に、DICグラフィックス(株)の「DICカラーガイドシリーズ」から絞込み、定義されている。
2014(平成26)年度復興庁「新しい東北」先導モデル事業(復興庁委託事業)に選ばれる。
2021年11月からシティープロモーションの一環として、宮古市で「浄土ヶ浜エターナルグリーン」を発表。遊覧船の船体や広報、地場産品などさまざまな媒体で活用することが決まっている。

ものを信じることは
人を信じること

「pen.」には「今日は話をしに来た」といって、ふらっと立ち寄るお客さまも多くいらっしゃいます。中には、この店で筆記具を買ってから仕事の調子がいいとお礼に来る方も少なくありません。
「感謝していただけるのはとてもうれしいですが、店に来た時点で、すでにお客さまの気持ちは前を向いていて、その結果が仕事の成果につながったのだと思います。私は少し花を添えただけです」
大切にしたいと思えるものと出合いたい。お客さまの気持ちを汲み、話を丁寧に聞き取りながら、菊池さんは筆記具を説明し、選ぶサポートをします。
この店で扱う「もの」すべてが、それを手にする「人」の幸せな物語を紡ぐ助けとなり、共に人生を歩む伴侶になってほしい――。
菊池さんが選び抜いた色彩豊かな万年筆やボールペン、インクが、ショーケースの中で、いつも輝いています。
自ら選んだ、自分にとって特別な価値を持つペンをジャケットの内ポケットに挿すだけで、その日その日を生きる元気や勇気が湧くこともあります。自分が持つ「もの」を信じることは、自分を含めた「人」を信じることだと、菊池さんは体現しているようでした。

「いわてのいいイロCOLOR INK」のキャップには、樹脂製のロゴマーク。
制作は菊池さんのご長女。小学5年生から手掛け、今年で7年になるその腕前は、
制作のスピードもさることながら「仕上がりも一人前」という。

菊池保宏(きくちやすひろ)
1980年、岩手県一関市生まれ。
盛岡市内でサービス業や小売業に従事した後、2014年「pen.」をオープン。
HP:
http://pen-iwate.com/
Facebook:
https://www.facebook.com/pen.iwate/

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