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ほんじつ うみのひ さかなのひ (短編童話)

あるばん マキ が 目をさますと、
ドアを ぺち ぺち ぺち と ノックする音がきこえた。
きいたことのない ノックの音だ と マキは おもった。

こういうときは、 目で見て たしかめるにかぎる。

おかあさん おとうさん いぬのおもち をおこさないように、
ぬきあし さしあし しのびあし……。

ドアのまえには だれも いなかった。
そのかわり……

さかなが ぽつん うかんでいた!

「こんばんは」 と さかなは いった。
「こんばんは」 と マキは かえした。
「ほんじつ うみのひ さかなのひ」 と さかなは うたった。
「ほんじつ うみのひ さかなのひ」 と マキも うたった。

すると さかなは くるりと まわって、
すいすいすい と およぎだした。(とはいえ うみでは ないのだけれど!)

いつのまにか、 アスファルトのみちは さらさらとした すなに なっていて、
はだしであるいていても なんのもんだいも なかった。

でんしんばしら は ゆらゆらと ゆれていて、
いつも学校へ いくみちの
せのたかい木や 赤いポストや、
じめんにうつる 月のひかりまで、
なんだか うみのなかにいるみたいに 
ゆら ゆら ゆらり と ゆれているのだった。

「ここはかつてうみだったのです」と さかなは いった。
「しらなかった」と マキは こたえた。
「むりもない もう なんまん年もまえのことだから」と さかなは かなしそうにいった。
「でも ここにいるものたちはみな うみだったときのことを わすれていないのさ」

きがつくと、 マキと さかなのうしろには いろんなさかなが
ぽつん ぽつん ぽつん ぽつん…
みんな ぷかぷか うきながら すい すい すい と ついてきた。

さかなたちは それぞれのぎんいろのうろこを きらりとひからせて
りっぱに おめかししているようだった。

「なんだか パジャマで はずかしいかも」と マキが いうと
「それなら ためいきの ネックレスを つくりましょう」と さかなが いった。

「ためいきの ネックレス?」と マキはたずねた。
「そう そう まあ とにかく やってみることです」と さかなは ヒレをぴんと立てて、
「まずは ゆううつの ためいき です」と いった。

そこで マキは 雨の日の はりついた レインコートのすそをおもいだして
ふう とためいきを ついた。

すると マキの ためいきは、ゆらりと とうめいな ぎんいろのまあるい玉になって、
ふわりと ちゅうにただよった。

「おつぎは、うつくしいものを見たときの ためいき」
「かなしいしらせを きいたときの ためいき」
「あんしんして ほっとしたときの ためいき」

マキが、
あけがたの わずかにのこった ほしのひかりや、
だいすきだったのに じめんにおちてにじんだ あじさいの花や、
よる ベッドにもぐりこんできた おもちのあたたかさを おもいだして ふう と ためいきを つくたびに、
ゆらめく 小さな ぎんいろの玉が ふわりと うかんで、
さかなは それを ひとつ ふたつ みっつ よっつ……たくさんつないで ネックレスにした。
「さあ どうです なかなかのものでしょう」と さかなはいった。
「うみの中では こうして なんまん年もの さかなたちの 小さな ためいきが
ほぞんされているのです」

(だから うみを 見ていると、なんだか むねがきゅっとなるのかな)と マキは おもった。
「ありがとう。とってもきれい」 
ネックレスは マキの くびもとで 小さく ちりちりと 音を立てた。

町には マキと さかなたち いがいの すがたはなく、
みんなが ねむりにつき しんとしずまりかえっていたけれど、
ときおり、 どこからか だれかが はなしているような こえが きこえてきた。

「こんやは ほしが こおるようだね。おちてくるひかりのはしらが つめたくてするどいよ」
「さいきん、すっかりミズクサがへったみたい。あのこたちも うみのそとへ ひっこしてしまったのかしら」

マキは こえのするほうを ふりかえったり 目を こらしてみたりした。
ところが、 きまって そこには だれもいないのだった。
「ほかにも おきているひとが いるのかな」と マキが さかなに たずねると、
「あれは 貝に ろく音された いつかの われわれのかいわです」と さかなは こたえた。
「なんせ ほんじつ うみのひ さかなのひ。すがたをかえた貝たちも 口をひらいて ひそひそと むかしむかしのおもいでを かなでているにちがいない」

マキは うみで ひろった 貝がらに 耳を あててみたときのことを おもいだした。
さあさあと きこえたあの音は、さかなたちの うみのおもいで だったのだ。
マキは もういちど、ちゅういぶかく 耳をすました。
そして、じどうはんばいきのとりだし口や 花だんにさいたクマガイソウや
すこしだけ ひらいた きょうかいのドアの すきまに そっと 耳を おしあてた。
すると、 たしかにひそひそと さかなたちのうわさばなしが いろんな すきまから きこえてくるのだった。

いっこうが 町のひろばに たどりつくと、 
いつもの ひろばの まん中には 見なれた石の ふん水のかわりに
大きな 大きな くじらが ねそべって
すやすやと ぎんのしぶきを 空にむかって ふき上げていた。

そして、 くじらを ぐるりと とりかこんだ さかなたちのあいだから
どこからともなく ひそひそと こんなうたが きこえてきた。

ほんじつ うみのひ さかなのひ
ゆらゆらうかんで あのころを おもいだすのさ いつまでも

「さかなのうただ」 と マキはおもった。
口ぐちにうたう さかなたちの中で なんとなく もじもじ していると、
「さあ マキさんも ごいっしょに!」と さかなはいった。

そこで、 マキも ゆう気を出してうたってみた。

ほんじつ うみのひ さかなのひ
ゆらゆらうかんで あのころを おもいだすのさ いつまでも

すると、 なんだか
さあ さあ さあ と ささやくような なみの音や、
かあ かあ かあ と 空をとんでいく うみどりのこえや、
きら きら きら と たいようのひかりが みなもに はんしゃして はじける音が
マキにも きこえるような気がした。

「なつかしい」 と マキがつぶやくと
「そうですか」 と さかなはうれしそうにうなずいた。

「でもね、ここだけのはなし…」と さかなたちが 口ぐちに ささやいた。
「また ここがうみになる日も ちかいとのうわさなのですよ」
「あと ほんの すうひゃく年もすれば きっと」
「その日を われわれは たのしみにまっているのです」

それをきいて、マキはなんとなく なつかしいような たのしみなような こわいような きもちになった。

「そろそろ かえろうかな」と マキが いうと
「そうですか」と さかなは うなずいて
白いまき貝を マキに もたせてくれた。
「ではまた いつかの さかなのひに」と さかなは いった。
「さかなのひに」と マキも こたえた。

そうして、 マキは くるりと まわると、
てくてくてく と あるきだした。

でんしんばしらは すっと せすじをのばして、
いつも学校へ いくみちの
せのたかい木や 赤いポストや、
じめんにうつる 月のひかりまで、
せんでかかれたように はっきりと きめられたばしょに おさまっていた。

いつのまにか さらさらとしたすなは アスファルトのみちになっていて、
はだしで あるいていたら いつのまにか いえの げんかんのカーペット。
おかあさん おとうさん おもち をおこさないように
ぬきあし さしあし しのびあし……。

マキは すっとベッドにもぐりこんだ。
そして、 さかながくれた 白いまき貝に 耳をあてると
小さく 小さく うたがきこえてきた。

ほんじつ うみのひ さかなのひ
ゆらゆらうかんで あのころを おもいだすのさ いつまでも

そのうたをききながら、 いつか せかいじゅう の こおりが とけて
こんどは うみの中で ひらかれる さかなのひを
マキは そうぞうしながら ねむりについた。

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