きょうのうた[悪口/aiko]
//最近聞いた曲やおすすめの曲を、店主の【作り話】とともにご紹介🎧//
「芽衣子は最近夜中によく出かけてるね。もしかして彼氏できたの?」
彩月はコップにそそぐ豆乳を冷蔵庫から取り出し、小さなダイニングテーブルの椅子に腰掛ける芽衣子に話しかけた。
「うん……。」芽衣子は少し俯いた。
最近芽衣子は髪を伸ばし、今日はノースリーブのトップスにAラインのスカートを履いている。
「同棲するんだったら言ってね。遠慮なく。」彩月は快活にそう言うと、ノートパソコンに視線を落とした。
彩月は芽衣子のリアクションに少し違和感を感じながらも、窓から見える桜の木に目をやった。
彩月と芽衣子は向ヶ丘遊園の3階建てのアパートに2人で暮らしている。
ある日、事件は起きた。
真夜中に玄関のドアの音がした。
彩月は「お帰り。」と芽衣子に駆け寄ると、芽衣子ははち切れそうな赤い顔をして滝のような涙を流していた。髪は乱れてボサボサだ。
「彩月ちゃん……。」
「どうしたの。彼氏に何か言われた?」
「うっ……うう……。」芽衣子は床に膝をついて手で頬の涙を拭った。
芽衣子の話によると付き合っていたのは芽衣子の上司で彼には子どもがおり、知らないうちに不倫の関係になっていたと言うのだ。
数日置きに性交渉のためだけに夜中に呼び出され、終わったらすぐ返される。そんな日々が続いていた。
上司だから断れなかったのだそうだ。
彩月は友達が知らないうちにそんな目に遭っているなんて思いもしなかった。なんでもっと芽衣子と話そうとしなかったのか。ふと気づいたら洋服の裾をかなり強い力で握りしめていた。
「やめなよ、そんな奴。」彩月は呟いた。
「そんなこと……言われても……」芽衣子は苦しそうに言葉を吐き出した。
「利用されてんだよ。わかるじゃん。」
彩月は今からその上司の家に乗り込むべきか、台所の食器水切りかごに立てかけてある包丁に目をやった。
彩月の職場でも店長と不倫しているアルバイトの女の子がいるらしいと噂になっていた。なぜ陰険な出来事がお互い重なるのか。
芽衣子が数日前からめかし込んでいたのも上司に指示され、彼が好む服装を着させられていたのだ。
彩月は蛍光灯の白い光が目に染みるくらい、瞬きを忘れていた。
「もうその会社も辞めなよ。転職活動手伝うからさ。訴えたかったら弁護士に相談するのも付き添うし……。」
彩月はこういうときはまずどう行動するのが正解なのか調べようと、ノートパソコンに手をかけた。そのとき、芽衣子は信じられないことを言い始めた。
「上司、最近忙しそうだから役に立ちたかったんだよね……。」
「は?」
彩月はなんでもっと早く私に相談してくれなかったのか、芽衣子に対してもその上司に対しても怒りが湧いてきた。
「そんなの役に立ってるって言わないんだよ。書類の整理ぐらいでいいんだよ。そういうのは。そいつはさあ、自分の周りに自分の言うこと聞きそうなやつ置いて、全部自分の思い通りにしたいだけなんだよ。愛でもなんでもないの。そんなやつに付き合う必要ないよ。どんなにそいつの学歴が高かろうが関係ないんだよ。やってることが最低なんだよ。ただの最低クソ野郎なの。」
彩月の怒りが溢れかえり収まらない中、玄関の蛍光灯が少し点滅した。
「芽衣子には幸せになってもらいたいんだよ。そんなクソみたいなやつに人生使って欲しくないわけ。わかる?私の言ってること。辞めても勝手にまた別の人雇うから大丈夫だよ。ほっとけばいいんだよそんな奴。会社にされたこと全部言ってさ。そしたらそいつの成績も下がるよ。人のことをいじめることでしか人生の楽しみを得られない可哀想な人なんだよ。」
芽衣子は会社を辞めることにした。一緒に上司の家に乗り込んで脅そうかと彩月が言ったが、子どもがいるからと芽衣子は遠慮した。彩月は芽衣子のお人よしに呆れた。
「よくも私の友達を傷つけたな……。」彩月は根っからの負けず嫌いのため、絶対泣き寝入りはしないだろう。生涯解けない辛く苦しい呪いをその上司にかけてやろうかと思うほどだった。
もうすぐ桜の季節だ。今年はお花見はできないかもしれない。
来年は二人で必ず麻生川にお花見に行こうと約束した。
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