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雷雨におもてなし



綺麗な青色の空が急に真っ黒になり、雨雲を連れてきた。


うたた寝をしている飼い猫に「ごめんね、カーテン閉めちゃうね」と一声掛けて、カーテンを閉めた小さな部屋が暗くなる。


私は雷が大の苦手だ。
ゴロゴロと音が聞こえてくるだけで背筋が凍る。
ここは街中で避雷針があるから、まだ安心はできるのだけれど……



バスは1時間に2本、電車も1時間に2本、数分歩けば田んぼと畑なちょっぴり田舎な地域に住んでいた時、私はさらに雷のことが苦手になった。



朝からゲリラ豪雨になると予報されていたその日、今日と同じように、夕方になるに連れて青空は顔を隠してしまった。


いかにも雷を連れ添っている真っ黒な雲たちが、空を埋め尽くしてすぐ、ザザーっと大粒の雨が降り出す。


遠くの方でなっていた雷も、どんどん音を大きくしながらこちらに近づいてくる。


子どものように毛布にくるまり、怯えながら雨雲が通り過ぎるのを待っていると、目の前が青白くなった。同時に雷が落ちる大きな音が聞こえてくる。例えるならば、自分の耳元で大太鼓を叩かれたような感覚だ。


どうやら近くの田んぼに雷が落ちたみたい。
幸い家電はどれもダメになることなく、雨雲が通り過ぎ、停電が落ち着いた時にどれも元気よく稼働してくれた。よかった…エアコンがダメになると、この夏、猫1匹では日中過ごせないと思ったから…



その日を境に、雷には敏感に過ごすようになった。朝は必ず天気予報を見るし、注意報を欠かさずチェックする。少しでも降水確率があれば傘は必ずバッグに入れ、雷注意報が出ている時は雨雲が通り過ぎるまで待機できる場所をあらかじめ調べておく。


子どもの時の自分が今の私を見たら、きっとびっくりするだろう。夕立前の空を見てワクワクしていた子どもだったから、こんなにも怯えている大人の自分を見つけたら、なんで?どうして?と頭の中にいっぱい聞きたい言葉を並べていただろう。


こうして気持ちと記憶を言葉にしている間に、雨雲は通り過ぎていった。心なしかカーテンの隙間から明るい日差しが入ってくるのが見える。



空もたまには怒り爆発、そんな日があるのかな。


つい先日、怒り爆発とまではならなかったが、悔しさと悲しさと寂しさの感情が混ざり混ざって気分が良くなかった。ぐちゃぐちゃって言葉で言い表していいほど落ち込んでいた。



原因はこれだって分かっている。誰かに打ち上げればよかったのだろうが、これは私にしか分からない感情だから…と、誰にも言えずに引きこもって、うーんと考え込んでいた。


掃除をしても、メイクをしても、買い物に行っても、ご近所さんの綺麗な花を見つけても、気分は晴れず、ずっとグルグルモヤモヤと心を黒く染めていた。


いっそのこと夕立のように泣けたらどんなに楽か…と、涙一粒も溢れてこない自分にがっくりもした。



これまで経験してこなかった人生最大の失恋に、今、向かい合っているのかもしれない。

かもしれないとふんわりさせたのには、まだ失恋じゃない未来を信じていたいから。


今は少し復活していて、今後どうなるか乞うご期待!と思えるほどになっている。こんなに素敵な私を、どうして放っておいてしまったのだろう…と、あの人に思わせたいぐらい強い気持ちも持てるようになった。

さすがに30歳目前のいい大人が、仕返しなんてことはしないけれど、今は自分を幸せにするべく、自分におもてなしをする期間だと言い聞かせて日々を過ごしている。早速、食べることが大好きな自分にスコーンを作ってあげた。甘くてあったかくておいしかったし、なにより幸せで心がいっぱいに満たされた。今度は何を作ろうかな。紅茶のシフォンケーキに、甘さ控えめの生クリームなんてどうだろう。


こんなに素敵な期間を設けられたのは、心がぐちゃぐちゃになった経験をしたからかな。思っていたより私って、人間らしく生きることができるみたい。これも子どもの自分に見せたらどう思うのかな。





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