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あっちけい、わが悔いなき生涯を綴る。③和食料理人編(前編)

連載(第三回です)
興味があれば読んでみてください。

第ニ回 あっちけい、わが悔いなき生涯を綴る。②海外旅情編


若人は料理人の修行を始める

1. 若人は日本に興味を持った。18歳。

帰国してから、母とは仲良しになった。
まあ色々あったけど、もう終わったことだ。

母には散々謝られたけど、俺だって悪い。
学校は辞めちゃったけど、これからの人生でやり直していけばいい。

俺はといえば、相変わらずバイク三昧の日々を送っていたけど、心持ちはちょっと前向きになっていた。
海外から自分を見つめ直したことで、自分が住んでいる「日本」という国に興味を持ち始めたからだ。

そんなある日のこと。

父親から「和食の調理をやってみないか」と声をかけられた。

家にいないので、あまり話す機会がない父親だったが、もう反抗するような気分でもない。

日本に興味があった俺は、やってみようと思ったんだよね。
「そろそろちゃんと働き始めなきゃ」って気持ちもあったんだと思う。

職人仕事はキツイとは知っていたけど、高校を中退した以上、手に職を持つってのも選択肢として悪くない。

「職人」……うん。かっこいいじゃないか。

で、正式な修行先が見つかるまでの間、父親の知り合いの料理屋さんを手伝うことになった。

ここでは特に語るようなこともないかな。
ひたすら洗い物と掃除をやっていたよ。

俺と同い年の娘さんがいて、ちょっといい感じになったりしたけど、それは別の話。

その店では1日8時間、2週間ほど手伝ったんだけど、無償奉仕とわかってショックを受けた。金よこせクソジジイ

あ、そうだ。

念のため伝えておくけど、俺が修行したのは、赤坂にある懐石料理とかのエリート街道ではないよ。

居酒屋と創作料理、会席料理が混ざったようなレベルの店。

最高級ではないけれど、安いわけでもない。
そんな感じの店で修行してきた。

2. 若人は職人の修行を始めた。18歳。


決まった修行先は東京都品川区の会席料理屋。

プールみたいな生け簀が4つもあるバブリーな店構えだった。

マダイやトラフグ、ヒラマサやヒラメなんかが所狭しと泳いでいた。

どでかいタカアシガニがいる生簀に入る時は怖かったね。

ハサミの力が強いから、挟まれたら指なんか簡単に持っていかれるって聞かされていた。

ここで説明パートです。
板前の序列について。

追いまわし→揚げ場→焼き場→八寸場→向板→脇板&脇鍋→立板←→煮方→親方
右に行くほど偉い。

煮方と立板の関係は、店によって変わることもある。
俺の修行先は「煮方」が、親方に次いで偉い「二番」だった。

その店の板前は10人。
俺はもちろん一番下っ端の「追いまわし」からスタート。

下っ端板前の待遇は超絶ブラックで、勤務時間は9:00~22:00、残業手当なしで給与は12万円/月のボーナス無しだった。

これでも大手企業の資本が入った料理屋さん。
安いよね。ヤバいよね。

試しにもっと貰えないのかと聞いたんだけど、
「料理を教えてもらって、金までもらえるんだから、ありがたい話じゃないか」だと。

そんなわけあるか。

業務内容は主に、先輩が使った調理器具の洗い物、米研ぎ、おしんこ盛り付け、その他雑用全般。

業務終了後には、「ボンスター」で鍋を磨いたり、先輩の足袋を洗濯・翌日の準備もしなければならなかったから、帰るのはいつも終電。

休憩なんて殆どない。

身近な友達が、学生生活を謳歌しているのに、そんな環境が耐えられるわけがないよね。

わずか3か月で先輩と喧嘩して、早々に退職した。

喧嘩した理由はこう。

偉い人(煮方)が、彫刻刀でカボチャに菊の花を彫るのを見かけて、すげえええ!と感動したんだけど、質問攻めにしたら、何故か教えてくれることになったんだよね。

で、煮方と一緒にカボチャに菊の花を彫っていたら、八寸場の先輩が嫉妬した。

煮方に見えないところで、俺に蹴りを入れてきやがった。

「偉そうに彫り物なんて教わってんじゃねえ」って。

ソイツ、元々偉そうで嫌いだったから、頭にきて蹴り返したら大問題になった。

親方に反省を促されたが、仕事がキツイし、やる気も無かったので「辞めます」と言ってそのまま退職したんだ。

我ながら忍耐力のないガキだと思う。

勝手に退職して少し経った頃、父親の知り合いの板前さんから、別の料理屋を紹介されたんだ。

あんな義理を欠いた辞め方したのに。

板前はキツイから嫌だと言っても、「良いところだから挨拶だけでも行ってこい」と辞退させてくれなかった。

仕方ないから挨拶に行ったんだよ。
断るつもりで。

3. 若人は懲りずに修行を始めた。18歳。


挨拶に行った先は、千代田区神田。

挨拶だけで終わらせようと思ったんだけど、すごく優しい親方だったんだよね。

そのお店の板前は、親方、煮方の二人だけ。

もう一人若い人がいたみたいだけど、辞めちゃったらしい。
理由は知らない。

そのお店の親方と色々話してみたら、すごく雰囲気が良かったから、修行し直すことにしたんだ。

流されやすいと思うよ。実際。

新たな下っ端板前の待遇は、勤務時間10:00~22:00、残業手当なしで給与は22万円/月、ボーナスなし。

月給10万アップの大出世。

業務内容は主に揚げ場と焼き場、親方のアシスタントだったんだけど、店長も仲居さんもパートさんも、みんないい人ばかり。

みんなが家族みたいだった。

今度は続いたよ。
この環境で続かなかったら、板前に限らず、どこに行っても働けないだろう。

そんな感じで修行を続けるうちに、揚げ物のコツを掴み始めた。

揚げ場は、「鋳物ガスコンロ」と「銅鍋」で揚げる本格派。

腕を上げたくて、有名店を食べ歩いて研究した。
可愛い仲居さんと一緒に。

ま、間違っても、し、下心なんてないんだからねっ!

そのうち、俺が揚げた天ぷらを、たくさんのお客さんが美味しいと褒めてくれるようになり、かなりの数の注文が入るようになった。

天ぷらを美味しく揚げるコツは火力の調整と、水の温度と小麦粉の合わせ方だけ。
シンプルイズベスト。
余計なものは一切入れない。

とにかく、衣と具材が口の中で一緒に溶けるように考えながら揚げる。
衣が口に残ったり、火を入れすぎて具材が固くなるようじゃ半人前。

得意になって、さらに研究していたら、親方がお店のおすすめに俺の天ぷらを入れてくれた。

会席料理屋のおすすめにだぜ?
嬉しかったな。板前として認めてもらえた気がして。

揚げ物ばかりじゃなく、焼き物も頑張った。

「踊り串」や「登り串」が得意になり、バランの切り方を研究して、綺麗に装飾できるようになった。

魚の油の強弱を考えて塩の量を調整したり、火加減も魚が柔らかく食べられるように考えた。

焼き物は強火の遠火が基本

揚げ物も焼き物も、一番おいしいタイミングで火を入れることができるようになったんだ。

おお。なんか職人っぽくなってきたね。

順調な板前生活を送っていたんだけど、ある日を境に親方のことをオヤッサンと呼ぶようになった。

この人から本気で料理を教わろうと思ったんだよね。
本当は「親父」だけど、俺はまだガキだから「親父さん⇨オヤッサン」

修行から3年半が経過した頃、余ったブリのアラで、賄いにブリ大根を作ったら、オヤッサンが気に入ってくれたんだ。

これを機に、オヤッサンから煮物を教わり始めた。

最初は割合で作るものから、徐々に食材と調味料の合わせ方まで教わったよ。

出汁も引かせてもらえるようになった。

クレードルに出汁を入れた小皿を乗せ、オヤッサンに「あたりお願いします」と言って味を見てもらう。

これが怖い。

まじで緊張する。

初めのうちは鰹が強い、昆布が勝っていると毎回注意されていた。

出汁はマジで難しい。店の味だから妥協はない。

ちょっとのミスで、食材が全て無駄になる。

煮方の先輩の協力を得ながら、この難問に挑戦し続けた。

オヤッサンも当然だけど、この煮方の先輩もすごい人。

何が凄いって、味が決まるんだよね。
俺みたいなのは「味がぼやける」ことが多いんだけど、この人たちはバシッと味を決める。で美味しい。

季節の炊き合わせにも挑戦したんだけど、これもまた難しい。

この頃かな?「料理四季報」っていう専門誌に取材された時は、ちょっとうれしかった。
頑張る新人料理人!とかそんな感じの記事だったように思う。

そんな感じで修行を続けていると、オヤッサンから注意されることも少なくなり、だんだん調味料の使い方も理解してきた。

煮魚にたまり醤油を使うとまじで美味い。

4. 若人に葛藤が生まれた。23歳。

5年ほどその店で修行を続けていると、葛藤が生まれてきたんだよね。

オヤッサンや煮方の先輩のおかげで、なんとか板前っぽくなってきたものの、魚をほとんど触っていなかったんだ。

店の規模的に魚の入荷数が少なかったので、圧倒的に捌く量も種類も足りなかった

魚をメインに修行するためには、居心地のいいこの店を出て、修行に出なくちゃならない。

相当悩んだけど、外に修行に出ることを決意したよ。

この頃はとにかく「料理が上手くなりたかった」

オヤッサンと煮方の先輩は、外の水を飲むのもいい経験だと背中を押してくれた。

でも、オヤッサンは少し悲しそうだった。

実の息子のようにかわいがってくれたからだろう。

俺は「必ず後を継ぎに戻るから、待っててくれ」とオヤッサンと約束して店を出た。

あっちけい、わが悔いなき生涯を綴る。④和食料理人編(後編)に続く

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