卒業式帰りの通学路
「この後のお昼、どこにする?」
「あそこにしようか、例の駅前のパスタ屋さん」
「オッケー。その後であそこに寄りたいんだけど、いい?」
「いいよ。アレの新刊が出たから、行こうと思ってたところだし」
三月の始まった頃。高校の卒業式を終えた私は、悪友とふたりでいつもの帰路を辿っていた。曲がりくねったあぜ道や、穏やかに流れゆく河川近くの堤防を、そして普段から交通量の多い市街地など、至る所を自転車を漕ぎながら駆け抜けて行く。
思えば私の青春時代は、少なくとも黒に近い灰色のような日々を過ごしてきた。新しい風が吹き込むような出会いもあった一方で、それと同じさよならも繰り返していた。
そして高校生活最後を迎えたその年は、自分の中で大切に繋いでいたつもりでいたものが途絶えてしまう出来事に直面し、気づけば失意の渦中に彷徨っていたのであった。
加えてクラスの同級生とも馴染めないまま、間に割ってろくに会話を交わす機会もなく、授業以外の時間はほぼほぼ教室にいることはなかった。
別段、机で居眠りするように突っ伏したままでも問題はない。しかしその間に、周囲からあの人は浮いているなどと変な噂話のネタにされるのも癪だと感じていた。
気づかれないように群衆を抜けて独り向かった先は、悪友のいる別のクラスの教室や近くの廊下である。そこには悪友を含む同じ部活の仲間がおり、特に昼休みになるとそこで一緒に過ごしていた。
ただ悪友たちと私とは、入学当初からそれぞれ属する学科が異なっており、残念ながら卒業するまでの間で同じクラスになることはまずなかった。
もし高校受験に臨む際に彼ら彼女らと同じ学科だったら、あの時より明るい青春時代を謳歌していただろうかと、今でも自分が選んできた道を後悔していないわけではない。
四月からそれぞれ歩む進路先は異なっている。以降は当然ながら休日にしか会えなくなってしまうし、そもそも今後もこの先もずっと会えるかどうかもわからない。
こうして共に通学路を辿るのも最後だというのに、良いも悪いも三年間という長いようで短い思い出を振り返ったりせずに、二人でその日昼食をどこでとるか、その後でどこへ行くかなど話を進めていた。
そこに三月特有の寂しさを感じたり、漠然とした先のことに不安や憂いを抱えることはない。まして、桜の花びらが舞っていることに目を向けることもなく。
やがて悪友の家に近づくと「また後で」と私は手を振り、一旦私服に着替えるためにその場を後にして、ほんの少し速度を上げて自宅へと向かっていった。
高校を含む私の学生時代に、良い思い出というものはほとんど憶えていない。むしろ、揉み消してほしいと言わんばかりの悪い思い出しか記憶に残っていない。
それでも悪友と出会い、共に過ごした日々は決して悪いものではなかったと…
最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!