見出し画像

長い旅路の途中

その人は今も両手にスケッチブックを掲げている。

そこに『ここよりもっと遠い場所まで…』という、

白紙のページいっぱいに走り書きした文章だけ頼りに。


そうすればいつか誰か一人は気づいては車を停めて、

全くアテのない自分をどこかに連れてってくれると

自分の思い描いた場所に行けると、そう信じていた。


しかし道ゆく車は皆、単に気づかないだけなのか、

そこに目をくれる暇もなく、一目散に駆けてゆく。

自分なりにあれこれと工夫を凝らしてみたものの、

なかなか一向に停まってくれそうにもなかった…。


なんとか気づいてもらおうと自分を大きく見せるべく

一歩前に出ようとするも、クラクションを鳴らされて

一瞬だけ開いた窓の隙間から罵声が飛び交ってしまう。

それに青ざめてしまい、ただ呆然と立ち尽くしていた。


やがて日は沈み、静寂と暗闇がその人の周りを包み込む。

その人は一つのため息をつきながら、途方に暮れていた。

あたり一体は街どころか、宿ですら一軒も見当たらない。

街灯なんてもってのほかで、空は星一つも見えやしない。

どうしてこんな辺鄙へんぴな所に辿り着いてしまったのだろう。

思えば今までの旅路は、なんとも無茶にして無謀だった。


最初こそ順調な滑り出しでうまくいったつもりだったが、

日に日に移動のペースは失速気味となって落ちてしまい、

しまいには…何もない場所で一晩を過ごそうとしている。

子供の頃からずっとずっと思い描いていた夢の舞台まで、

あとどれくらい距離を縮めたらたどり着けることだろう。


本当はロクに前に進んじゃいないのかもしれない。

息を切らして、死にものぐるいで歩き続けたのに、

後ろを振り返れば、巣立った場所が微かに見える。


教科書通りに行けば今頃は辿り着けたかもしれない。

そこに載っているすべてが答えを表してはいないと、

自らの手と足で証明しようと思い立ったはずなのに。


光が見えなくなってしまったのか、

それとも光を潰してしまったのか。


声が届かなくなってしまったのか、

或いは始めから声が出ないだけか。


目的は「はっきり」しないといけないのか。

手段は「きっちり」しなければダメなのか。


自分の意志を貫くことが正しいか否か。

他人を頼りにすることが正しいか否か。


その人は待っている。

その人は誰かが来るのを待ち続けている。

その人は明日が来るのを待ち続けている。

その人は答えが出るのを待ち続けている。


その時が来るまでは、

一歩でもより前へと、

自らの力を振り絞り、

進まなくちゃいけない。


そしてスケッチブックを閉じようしたところで、

まばゆいヘッドライトを照らした車が停まってきた。

車内から降りてきた方は、その人に声をかけた。


「そこの君、こんな場所で何やってるんだい?」

最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!