技術士(経営工学・情報工学)が教えるDX(デジタルトランスフォーメーション)講座43デジタルトランスフォーメーションの実践-ありたい姿とあるべき姿/経営戦略は変えるべきか変えないべきか-
ここまで少しテクニカルなトピックが続いたため、今回は戦略的な話しをしたいと思います。DXの推進をITチームに丸投げしてしまうケースをよく見かけますが、本来、DXの推進は経営者自身が担うべきものであり、ビジネスモデルを変革するほどの意思決定を下に任せることができないはずです。現状の延長のようなIT化を進めても今と何も変わらないし、現状を無視したむちゃな変革を一気にやることも組織を大混乱に陥れてしまいかねません。
最近、ある組織で経営戦略の策定手順についての議論を聞いていて、「ありたい姿」と「あるべき姿」とを混同しておられることに気づきました。「ありたい姿」から戦略を導き出すことはまわりの状況を無視して自分勝手なストーリーに走りがちです。
「あるべき姿」だけを追いかけるのは一見、合理的に見えますが、やりたいこととは違うため長続きしません。「ありたい姿」と「あるべき姿」とは違うものであり、かつどちらも必要なものです。
「ありたい姿」はMMV(ミッション・ビジョン・バリュー)の明確化によって再認識できます。歴史ある会社の応接室に掲げられている経営理念や創業精神は、まさにMMVそのものであり、創業者が後継者や社員に伝え残したい経営の心と言えるものです。
ミッションは使命や存在意義、ビジョンは将来像、バリューは価値観を意味し、時代が変わろうとも簡単には変えてはいけない経営哲学のようなものです。そこには不合理なことも含まれます。「もっと楽すればいいのに」、「もっと儲かる商売があるのに」と思えても、それでも私たちはこの仕事が好きだ、この商売で世間に貢献するのだという覚悟があるのです。
「ありたい姿」に対して「あるべき姿」は極めて合理的な概念です。そこには非合理があることは許されません。そのため、SWOT(強み弱み機会脅威)によって科学的に漏れなく経営環境を分析することになります。そして強み×機会、弱み×脅威によって、自社が取り組むべき戦略の方向性―あるべき姿―をあぶり出すのです。
SWOTによって明らかになった「あるべき姿」はそのまま経営戦略になるわけではありません。MMVが示す「ありたい姿」と一致するとは限らないからです。「ありたい姿」と「あるべき姿」とは一致しないことは経営者として当然に出てくることです。そこで葛藤し、「ありたい姿」を引っ込めるのか、「あるべき姿」を歪めるのかで経営者は苦しむのです。
「ストーリーとしての競争戦略―優れた戦略の条件」(楠木 建著)によると、成功企業の多くが、経営戦略の中に競合他社が選べないおかしな意思決定を持っています。そこには不合理であってもつき進みたい「ありたい姿」へのこだわりがあり、その情熱が計り知れないパワーを生み出しているのです。
残念ながら前述した経営戦略の議論では、「ありたい姿」の大切さも「あるべき姿」の不可欠さも認識されていませんでした。その結果、ありたい姿は薄れていき、あるべき姿は軽視されていくのです。形だけの経営戦略などつくっても何の意味もありません。先人が残した「ありたい姿」と対決し、命がけで「あるべき姿」をもって対決する・・・そのくらいの覚悟が経営戦略の議論には必要なのです。
DXは経営のイノベーションといえるものです。イノベーションとは「創造的破壊」であり、「破滅的な変革」でもなければ「無難な模倣」でもありません。創業者が生きていたら、今の技術革新をどう見るだろうかという視点を持って、自社のビジネスモデルについて真剣に考えることが求められているのです。DXは経営者自ら旗振りしてトップダウンでやらないといけません。それ以外に選択枝はないのです・・・
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