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イノベーティブな失敗
先日スマートフォン事業から撤退したバルミューダについて、同社の寺尾社長による総括記事が出ていて、いろいろと考えました。
バルミューダフォンはスジが悪くないかな(スマホOSを自作するレベルの継続的ソフト開発の実現性とか)と思っていたのですが、それと別に撤退までを総括すれば、バルミューダ社としてのチャレンジ自体には「イノベーティブな失敗」として意味があったのではないかと思います。イノベーティブな失敗とは、次のイノベーションにつながる失敗、あるいはシリアル・イノベータ―組織がコストとして避けては通れない失敗、と考えています。
ソフトウェアビジネスを理解していなかった
「ソフトウェアの品質の作り込みが困難だった。この困難を乗り越えるには、時間と根性だけでなく、多大な資金が必要だった。バルミューダの企業規模と、スマホビジネスのスケール感の違いが大きく、存分に戦えなかった悔しさがある」(寺尾社長)
かつて携帯電話の価値の大半を担っていた端末機器は、いまや「フォームファクター」でしかなく、そのうえで動作するソフトウェアが大きな価値を担っています。バルミューダフォンは初期からソフトウェアでのエクスペリエンス差別化、「バルミューダの世界観」を打ち出していましたが、それには(a)品質維持のための改修・更新だけではなく、(b)OSベンダやサードパーティが新規投入するソフトウェアのエクスペリエンスを上回り続ける新機能・新アプリの継続投入が必要だったと考えます。
2022年1月には、一部の周波数帯域で、技適が定めた許容値を超える干渉ノイズが出る可能性があるとして一時的に販売を停止。ソフトウェアによる修正によって再出荷を開始したほか、不具合の解消や動作の安定性向上、セキュリティの向上などを目的に、継続的にソフトウェアをアップデートしてきた経緯がある。これまで、同社が扱ってきた家電製品とは異なるソフトウェア開発への投資は、想定以上のものだったといえよう。
この辺りを読むと、ソフトウェア開発への投資が想定以上だっただけではなく、それが(a)品質維持のための改修・更新に費やされてしまった姿が伺えます。その間にOSベンダやサードパーティが新規投入するソフトウェアは、エクスペリエンスの根っこの部分、最低限として求められる「当たり前品質」を変えてしまいます。例えば格段に優れたカレンダーアプリも、音声アシスタントといま花開こうとしている生成系AIによって「音声でスケジュール管理をするのがニューノーマル」になったときには、カテゴリごと過去のものになるということです。
バルミューダフォン発表当初に思ったのは、MicrosoftがWindows Phoneから撤退し、iOSのAppleとAndroidのGoogleだけがプレイヤーとして生き残っている巨大ソフトウェア開発に参入して、同レベルの継続的な投資ができるんだろうかということでした。結果的にはその認識がなかったようです。ファームウェアとその更新ぐらいの認識だったのかもしれないとも思いました。
バルミューダはAmazonのように失敗した
記事によれば2023年度の打ち上げ見込は約160億円。それに対して、携帯端末事業終了の見込費用5億3600万円を事業整理損として計上予定で、営業利益率の見込みが+0.3%から-3.3%へと大きく落ち込みます。
この大きな挑戦と失敗は、ふとAmazonのようだと感じました。同社の創業者であるジェフ・ベゾスは2018年、投資家への年次レターで「事業拡大に伴い、会社の失敗の規模も拡大しなければならない」と発信しています。そしてそれがないとすれば、学びと挑戦が滞っているのだと。
今のamazon.comの規模であれば、何かを失敗するにしても数十億円規模の失敗をし、そこで得た学びというものを社内に蓄積していかないと、会社として全体として成長を維持していくのは難しい。
失敗をしているということは、新しいビジネスを模索しているということとイコールと我々は考えています。従って、アマゾンが数年間にわたって大きい失敗をしていない場合ですね、大きいビジネスへの投資をしていないとみなすことができます
奇しくもここでいう失敗も同社のスマートフォン事業、Fire Phoneのこと。引き当てた損金は1億7000万ドル(約185億円)と同様の規模で、やはり社長の成功の確信のもとで押し進められてきた事業でした。予期せぬ、そしてもちろん望まぬ失敗でしたが、その失敗規模はいずれ必要だったと言います。Amazonはこの巨額の損金を支払いながら、速やかに同事業から身を引きました。
バルミューダも大規模なリスクテイクをし、大きな失敗をしましたが、そこからの撤退の速やかさには称賛の声もありました。
イノベーティブな失敗
Fire Phone失敗の中で積み上げた資産は、読書端末であるKindleなど用途特化端末での成功しかなかったAmazon社にとって、Echoのような多用途のコンパニオン的な端末事業を成功させる礎になっています。寺尾社長はバルミューダフォンの失敗を「いいチャレンジであった」と語りましたが、そう言えるのも同じく大規模なリスクテイク、速やかな撤退に加えて、次につながる学びがあればこそでしょう。その点では、記事中の以下の部分が目を引きます。
「これまでにないアイデアが生まれ、インターネットテクノロジーに深く入り込むことができ、かなり鍛えることができた。この経験は、家電のIoT化に生きてくるだろう」(寺尾社長)
寺尾社長は2021年11月のバルミューダフォンの発表時、実に真逆と言えそうな発言をされています。
家電メーカーがスマホを作るとなれば、アプリを中心にIoTやスマート家電の方向に進んでいくのが業界トレンドでしょう。しかし寺尾社長は「スマート家電は使いにくい」とばっさり否定します。
バルミューダには揺るがぬ柱として家電という主事業があり、それと別分野でAmazonのように大きく失敗しました。そこで得た「インターネットデバイス製品」という経験値と、従来はまったく興味がないとばかりに遠ざけられていたIoT家電への意欲が、主事業の行く先を示すことになりそうです。
IoT家電では、スマートフォンよりハードウェアの重要性が大きく「当たり前品質」の大部分=家電としての機能はこちらが担いながら、一方でソフトウェアによる付加価値も重要になります。ファームウェアのような扱いではなく、例えばMatterが「スマートホームのゲームチェンジャー」などと言われていますが、こうしたIoTの部分での「当たり前品質」が変わる事態がおこれば追随しないと、価値を失いかねません。明らかにソフトウェアビジネスを理解し、その体制を組んでいなければ、危険な領域です。
バルミューダは、家電からIoT家電へと主事業に大きな変化を加える前に、主事業ではないところで大きなリスクテイクをして、ソフトウェアビジネスを理解する経験値を得た、と言えそうに思います。主事業をリスクから守りつつイノベーションをするうえで、この上なく貴重な経験値だったのではないかと思います。
失敗の作法
イノベーティブな失敗ということを考えるときに、そこにはいくつかの条件があるように思います。大規模なリスクテイク、速やかな撤退と合わせで、次につながる学び。前述したこの3つに加えて、もう一つ欠かせないと考えるのは、失敗の作法です。失敗を言語化し、共有し、すべての同僚がその失敗を活用できるようにすることです。Amazonではこれを行うことで、失敗も一つの達成=成果だとみなされます。
重視されるのは、目標を達成しようとするそのプロセスの中で、何を考えて、何を試してみて、それがうまくいったのか、うまくいかなかったのか、というのを文書の形式で作成し、関係者間に共有する、ということを徹底しています。ここのプロセスを正しくやっておけば、個別の失敗に関しては責任を問われない。というかたちになります。
細かい所作のレベルですがこの時の文書の形式というのはWord文書だとのことです。その場にいる人にしか伝わらない口頭発表やスライドではなく、本人がいなくとも存続するナラティブで、より多くの人に失敗が伝わり活用されることに心をくだく。失敗の作法のなかにも、失敗を歓迎するが失敗の効率にはこだわるというAmazonらしさがのぞきます。
バルミューダは今回の失敗について、撤退を発表するだけでなく、その意味を社長が言語化し、メディアを通して共有しました。すべての社員が、この記事に触れることができるはずです。記事というナラティブな形にされていて、ググれば出てくるのは社内での文書共有より強い、もしかしたら現時点で最強の共有方法でしょう。
バルミューダフォンという失敗の達成
「いいチャレンジであった。チャレンジし続けるのはバルミューダのDNAであり、そこに躊躇せずに取り組んだことはよかった」(寺尾社長)
寺尾社長がこう語るバルミューダフォンの失敗。その意味合いを考えてくと、たしかにこれはイノベーティブな失敗、あるいは輝かしい失敗の一つになるのではないかと思いました。それはイノベーションに挑戦して失敗したからではなく、次のイノベーションにつなげるための条件、つまり大規模なリスクテイク、速やかな撤退、次につながる学び、言語化と共有という失敗の作法がそろった失敗だからです。
本当にいいチャレンジだったのか。イノベーティブな失敗だったのか。そこは次のバルミューダの成功でしか証明されないことですが、その可能性を感じる失敗であり、そこからの撤退と総括だったと思います。
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