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Amazonの「沈黙で始まる会議」と「PowerPoint禁止」の密接な関係

Amazonは「GAFA」と呼ばれるビッグ4の一角であり、急進的な成長もあって、その文化は周囲の興味の的になっています。その一つが「沈黙で始まる会議」で、Amazonでの会議は数分間ないし十数分間の資料を読む時間で始まるといわれます。別の一つが「PowerPoint禁止」で、Amazonでの会議資料は必ず1ページないし6ページのWord文書にまとめられるそうです。大切なのは、この会議術と文書術は切っても切り離せない関係にあることです。

9月30日まで開催されていたAWS Summit Online Japanでは、AWSシニアアドボケイトの亀田治伸氏による「Amazon Culture of Innovation とマイクロサービスアーキテクチャ」というAmazon文化を紹介するセッションがありました。この中でこの二つの文化にも触れられていましたので、その部分を紹介しつつ、Amazon式の会議術・文書術を考えてみたいと思います。


Amazonの会議は沈黙で始まる

プレゼンテーションの9分13秒あたり、ここで沈黙から始まる会議について紹介されています。

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アマゾンの会議は沈黙から始まるという話を、みなさんお聞きになったことがあるかもしれません。我々はこの手の文書を全てWord形式、PowerPointではなくWord形式で作成しています。会議の始まりはまず、このWordをみんなで数分間、時には10分間程度時間をとって、沈黙の中読むところから会議を始めています。これはなぜかというと、事前に資料を送っておいて「読んでおいてください」といったよくあるやり方では、関係者によって理解レベルがバラバラなところから会議が始まります。

つまり、全員の理解レベルを揃えるところから始めた方が会議の質が高いということでしょうか。それもありそうですが、もっと端的な理由もあります。

そうすると、会議の前半部分はバラバラな知識を揃えるところに時間をとられてしまうので、読み込んできた人の努力が無駄になってしまうわけですね。また仕事経験が長い人であればあるほど、実際に資料を読んでなくても、それらしい答弁をするテクニックなんかも身につけています。そういう無駄がどうせ起きてしまうのであれば、もう会議の場所で全員がまず黙って文書を読む。読んだ後で、積極的に矛盾点なんかをついて、討論をしていくというプロセスを経ています。

つまり「無駄な作業時間をつくらない」ことになります。よくある事前に資料を配布し読んでもらう会議では、3種類の無駄が生まれる可能性があるということです。まず「理解レベルを揃える」ための資料説明から始めると、資料を読んできた人の時間を無駄にします。よりによってもっとも貴重な、この議題に事前に時間を割いてくれている積極的な人の時間をです。

逆に資料説明の時間を設けないと、読んできていない人が議論に実質的に加わらず、その人の会議参加時間は無駄になります。最悪のケースでは、そんな人が「仕事経験が長い」「それらしい答弁をする」コミュニケーション強者というか会議達者だと、形だけの参加で議論を牽引し空転させ、全員の議論時間を無駄にします。3種類と書いた通りもう一つあるのですが、これは後に回します。

PowerPoint禁止

21分22秒から、Nrrative(文書)文化というスライドが始まります。Narrative=文書、つまり文書で語る文化ということでしょうか。ここでよく言われる「PowerPoint禁止」が説明されます。

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アマゾンの社内文書はPowerPointを使わないと聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、基本的に全ての文書はWordで作成されます。関係者間で共有された後は、その作成者の個人の名前を消して、アマゾン内部の公式ドキュメントとしてノウハウを蓄積していくということをやっています。なぜWordか?となりますね。

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まずPowerPointというのは、今日まさに私がこの講演で皆さんに見ていただいているPowerPointもそうですけれども、私が喋ることが前提で作られています。それは属人性を持ってしまうので、私自身が喋らなくなると、PowerPointだけみても全てが伝わらないわけですね。それでは公式文書としてノウハウを社内に蓄積していくには足りませんので、本人がいなくても存続するようなWordの文書を使っています。

よいスライドにはキービジュアルやキーワード、キーメッセージ、大切な数字だけがシンプルに配されたものが多いです。ここまでの3枚のスライドもそうで、話量に比べるととても簡潔に絞られた数行だけが並んでいます。スライドはすべての説明が書き込まれたドキュメントではなく、いま何について話しているかを示す概略なのです。話者のいないところでスライドだけを見れば、当然、説明不足です。だから「共感」「感情の共有」ではなく「理解」「論理の共有」のための資料としては、きちんと説明まで「語る」ドキュメントが作成されます。

PowerPointはですね、話す人間のリズムとか、話し方とか、その人間が成功してきた人なのか、どうかで、聴く側の印象が変わってしまいます。ちょっとくらい論理破綻していても、リズムが良ければそれで受け入れらるケースなんかもあったりするのですが、そう言ったもの防ぐために、全社員が同じフォーマットでWordの文書をつくるということをやっています。

逆に同じスライドを使っても、話者が変わると聞く側の印象から評価まで変わってしまいます。実はそれどころではなく、内容すら変わる可能性があります。

スライド配布ではじまる脳内パワポカラオケ選手権

例えば「パワポカラオケ」という遊びがあります。2005年にアメリカで生まれ、2011年にスペインで「PowerPoint Karaoke」と命名されたこの遊びは、いまは日本にも輸入されていて動画を見ることもできます。

話者はランダムに映し出されたスライド(しばしば写真)を前に、直前に与えられたテーマに沿ってアドリブで説明を考えプレゼンをします。スライドとして提示された写真の選択意図が分からないのですから、同じスライドから話者によって全く違う内容が変わってしまいます。こんなスライドが出てくるのは、「本当のプレゼン」ではなく「お遊びのプレゼンごっこ」だからでしょうか?でもガー・レイノルズ氏が著書「プレゼンテーションZen」の中で紹介している優れたスライドの中にも、次のような例があります。

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これらは極端な例にしても、最近はシンプルなよいスライドが増えてきました。問題は、そのスライドを会議資料として事前に配布されると、受け取った人の頭の中で何が起こるかです。パワポカラオケです。スライドだけ説明抜きに渡されて、そこから物語(ナラティブ)を読み解こうとする状況は、パワポカラオケそのものです。このスライドはなにを語るものだろう。こういうことだろうか。これに違いない。すべては推測、それも当てずっぽうです。これが(ナラティブでない)資料の事前配布でおこる3種類のムダの内、最後の一つです。

最初に引用したスライドを見なおしてみましょう。ここには「読んで、議論して、討議して、質問する」とだけ書かれています。この一枚を見ただけで、Amazonの沈黙から始まる会議の紹介と資料事前配布の会議をしない理由を読み取れることはできるのでしょうか。詳細どころか、そもそもそんな話がされることすら読み取れないのではないでしょうか。まったく別の内容を想像する人も多いと思います。パワポカラオケやセス・ゴーティンのスライドだけでなく、一般に使われているスライドでも、そうなるのです。

「沈黙で始まる会議」には「ナラティブなWord文書」が欠かせない

このセッションで亀田氏はPowerPointスライドを映しながら話されましたし、毎週月曜日の「AWSの基礎を学ぼう」でもそうされています。亀田氏に限らず、AWSのWebinar資料サービス別資料を見れば、同社が実に大量のスライドを作成しそれを使って話していることは明らかです。でも「沈黙で始まる会議」ではスライドは使われません。

最初の数分~十数分、参加者は黙って会議資料に目を通します。そこで配布されたのがスライド資料だったら何が起こるでしょう。「事前」配布が「直前」配布になっても変わりはないでしょう。脳内パワポカラオケです。そして「読んだ後で(話者の解説もなく)、積極的に矛盾点なんかをついて、討論をしていくというプロセス」に入れば、それは各人の脳内成果を披露しあうパワポカラオケ選手権です。「仕事経験が長い」「それらしい答弁をする」コミュニケーション強者が思う存分議論を振り回すでしょう。

おそらく「沈黙で始まる会議」には、話者が黙っていても文書自体が語る「ナラティブなWord文書」が不可欠なのでしょう。もちろんそれは簡潔にまとめられてないと読み切れないでしょう。Amazonではこのドキュメントサイズも決められているようです。

アマゾン社内のビジネスドキュメントは、「Narrative」と呼ばれるA4で1ページの「1ページャー」、もしくは6ページの「6ページャー」のメモのどちらかにまとめることになっている。報告書など社内で提出するほとんどのドキュメントは1ページで簡潔にまとめる。年度ごとの予算であったり、大きなプロジェクト提案などは6ページにまとめるのが基本的なルールだ。ドキュメントの内容はどんなトピックかを示す見出しと、トピックを説明する文章のみ。詳細な数字や、補足情報が必要な場合は別途 「Appendix」として、枚数にはカウントしない。

なぜアマゾンは社内プレゼンで「パワポ」の使用を禁止しているのか | 文春オンライン

解説なしに文書を読んで理解する読解力が必要ですし、一定してこのサイズでまとめ図表なしで伝える簡潔な文章力も必要になりそうです。Amazonではそれが採用基準になっている(例えばAWSのエンジニア採用でも与えられたケースに対しての対応を論述することが求められていた)ので問題はないでしょうが、真似しようと思えばいままでチェックしていなかった能力をチェックする必要があるかもしれません。

古くて新しいAmazon型会議術

次の二枚のスライドを見てみてください。左はガー・レイノルズの「プレゼンテーションZen」からとったもの、右は今回のセッションに含まれていたものです。

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1つのデッキに両方があってもおかしくないぐらい似ていると思われるのではないでしょうか。AmazonはプレゼンテーションZenなどが教えるスライドのあり方をよく知っていると思います。よくみられる「文字で埋め尽くされたスライド」という文化に対して、彼らは共通のアンチテーゼを持っているのです。そのプレゼンテーションZenには、次のような提言があります。

プレゼンテーションの準備段階できちんとした配布資料を作っておけば、スピーチですべてを言わなければと焦らなくて済むようになる。適切な配布資料(必要と思われる詳細をすべて網羅したもの)を用意することによって、余計な心配から解放され、その日の聴衆にとって一番大切なものに意識を向けられるようになるのだ。しっかりした資料さえあれば、表や図、 トビックの関連事項などをコンテンツから外すことについて、あれこれ悩まなくてもよくなる。何もかもスピーチに盛り込むのは無理である。

レイ・ガーノルズ「プレゼンテーションZen」p.78

スライドはスライド、資料は資料である。両者は同じものではない。二つを混ぜようとすれば、私が「スライデュメント」(スライド+資料)と呼ぶものが出来上がる。「スライデュメント」は時間を節約したいという願いから生まれてくるようだ。人々はその方がシンプルで効率がいいと思っているのだ。 1つの石で2羽の鳥を殺すようなやり方(日本語で言うところの「一石二鳥」)だと。しかし(鳥以外にとって)残念なことに、ここで「殺される」のは効果的なコミュニケーションである。

レイ・ガーノルズ「プレゼンテーションZen」p.80

レイ・ガーノルズは「スライドはスライド、資料は資料」と言いきって、スライデュメントを戒めました。Amazonはこの提言に対して、まるで「会議は会議、スピーチはスピーチ」と言いきったかのように、会議からスライドを使うスピーチのような説明の方を廃するというコロンブスのたまご的な実践を示しています。

Amazonには「沈黙で始まる会議」や「ナラティブなWord文書」という文化があります。これは一見、Amazon流とかジェフ・ベゾス流とか呼びたくなるような独自性の高いものに見えます。でもその中心にある「スライドはスライド、資料は資料」という考え方は、すでに広く受け入れられ、いまやマイクロソフト、AWS、VMwareとどこの企業イベントに参加しても、こうしたスタイルのスライドが使われています。Amazonの会議術は実践としては新奇でも、考え方としてはすでにスライデュメント文化と対をなす、もう一方の定番と言えると思います。

まとめ

Amazonの「沈黙で始まる会議」と「パワポ禁止」はそれぞれ聞いたことがありましたが、その密接な関係を私はこのAWS Summitのセッションで初めて理解できました。シンプルに言えば「沈黙で始まる会議」は会議時間と準備時間の無駄を省くという合理性がありましたし、「パワポ禁止」には属人性排除、パワポカラオケ回避という合理性がありました(仕事中にパワポカラオケしてる暇はあるでしょうか?)。そして「沈黙で始まる会議」はスライドではなく「ナラティブなWord文書」でないと成り立たないものでした。

プレゼンテーションZenを学んだあと、実践しようとして社内会議とは相性が悪い(部分がある)かもしれない、と思いました。それは、もしかしたらAmazonの示す通り会議はスピーチの場ではないからで、そこではそもそもスライドは不要で資料があればよかったのかもしれません。Amazonによるもう一つのプレゼンテーションZen的実践は、あらためて自分たちの会議資料や会議は本当に役に立ってるか考えるための具体的な比較対象になるし、会議主体の職場で小さくそっと始めてみるにも向きそうです。

参考

亀田氏のセッション内容については、全文を書き起こしている以下の記事があります。本記事内の亀田氏発話内容は別途独自に書き起こしたものですが、参考にさせていただきました。

Amazonの「沈黙で始まる会議」や「ナラティブなWord文書文化」(一般にはAmazonの1ページャー、6ページャーなどの形式として呼ばれてる)については、以下のような記事がありました。

Amazonの文化については、以下のような書籍もあります(上に挙げた記事は、これらから一部を紹介しているものです)。

本筋から少し離れるところがありますが、プレゼンテーションZenはスライドについて考えるよい指南書だと思います。本文中での引用は私の持っている初版を底本にしていますが、現在は第2版がでています。


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