マイナ保険証リスク論にちょっと疑問
マイナンバーカードは、総務省「マイナンバーカード交付状況について」によれば交付枚数は2023年4月時点での申請数が9,662万枚(人口比76.7%)だそうです。デジタル庁の「マイナンバー関連のダッシュボード」では、現時点で4月23日までの交付枚数も確認でき、8,703万枚(69.1%)になっています。
青い実線、有効申請件数が2月にぐっと増えていること、これがマイナポイント期限の駆け込み申請需要であろうこと、そうであれば「マイナ保険証」の申請もされるだろうことから、次のように懸念する記事も見かけました。
無保険者が続出するという事態は、かなり怖いことに思えます。ただ、この議論をする前に前提を確認しておきたい気もします。「5年後に一斉に更新期限を迎える」「混雑状態になる」という想定は、どれぐらい妥当なのでしょうか。
5年後に一斉に更新期限を迎えるか
マイナンバーカードには、カード自体の有効期間約10年の他に、カードに格納されている電子証明書の有効期間約5年という、2つの「有効期間」があります。正確には「発行から5回目の誕生日」までが電子証明書の有効期間です(詳細や更新手続きなどは以下のノートにまとめています)。
ポイントの一つ目は、発行日からちょうど5年後ではなく「5回目の誕生日」であることです。同じ日、同じ月にマイナンバーカードを発行された人がどれだけいても、有効期間満了日は分散します。2月、それも2月末に集中、といった懸念はなさそうです。ちなみにマイナンバーカード自体の有効期間も、正確には「発行から10回目の誕生日」までです。
ポイントの2つ目は、起点が申請からではなく「発行から」であることです。さきほどのダッシュボードで、1週間ごとの申請件数と交付枚数に切り替えたのが以下のグラフです。実線の申請数は2023年2月末(3月5日までの週)に極端なピークを迎えていますが、点線の交付枚数は緩やかな増加傾向を保っています。有効期間の起算日になる「発行日」には、特に気になるようなピークはないのです。
より長い期間について総務省「マイナンバーカード交付状況について」のデータから年次の新規発行枚数を計算してみると、2020年度(前年3月1日~当年3月1日)が約1,371万枚、2021年度が約2,032万枚、2022年度が約3,064万枚。申請数ピークの2023年3月を含む2022年度も交付数では急増したという感じはなく、長期的にも安定した増加傾向に思えます。またこのまま増加するかというと、仮に未交付の人全員が2023年度に交付を受けたとしても約3,889万人なので、2022年度から急増という数にはならなそうです。実際にはもう少し減って、同数程度ではないでしょうか。
誕生日が分散しているから日単位、月単位では特段の集中はないことを前半で確認しましたが、年次でも発行件数でみると毎年1,300万~3,000万件程度で、ばらつきはせいぜい2倍強。年単位でも特段の集中はなさそうに思われます。
電子証明書の更新で窓口は混雑状態になるか
ところで電子証明書の更新がふえると、窓口は混雑するのでしょうか?
僕は既にマイナンバーカードの電子証明書更新と、暗証番号ロックの解除を経験していて、そのときもnoteを書いていました。
読み返してみても、マイナンバーカード交付や交付申請と、電子証明書更新や暗証番号ロック解除はだいぶ違ったなという感じ。
マイナンバーカード交付は区役所(区内1ヶ所で電車移動)だけど、電子証明書更新や暗証番号ロック解除は最寄りの区民事務所(区内3か所)。
専用窓口ではなく常設の転入・印鑑登録窓口。
電子証明書更新の際は窓口滞在1~2分、区民事務所滞在20分ほど。
暗証番号ロック解除の際は窓口滞在1~2分、区民事務所滞在10分ほど。
電子証明書更新は誕生日の3か月前から可能、予約なしで都合のいい時にふらりと行けばいい。
所要時間とか窓口の数とかいろいろと違うので、マイナンバーカード交付時のような混雑が起きるものか、わりと疑問です。件数的にも、年間約1,300万~3,000万件であれば月間約108万~250万件。住民基本台帳人口移動報告 2023年3月によれば、転入・印鑑登録窓口の利用が必要な市区町村間移動者が約94万人と同程度いたようなので、窓口2~3倍で対応できそうな気がします。マイナンバーカードの主眼は事務効率化・簡素化だから、他の窓口がその分縮小できたり現転入・印鑑登録窓口に統合できたりで、総窓口人数を増やさずに実現できないかな。
仮に実際に混雑しないで済むとしたら、次に重要になるのはマスコミの役割かと思います。「何時間も役所の窓口で待たされた苦い経験を」と不安をあおるのではなく、いま実際にどれぐらいの待ちになっているのか確認し、報道する。そのうえで長時間待ちになってるなら、その時はその報道が省庁や議会を動かすのでしょう。
議論はスタート地点が大切
マイナンバーカードというのは、個人情報とか実際の利便性とリスクとかいろいろと論点があって、「お上のやることだし大丈夫でしょ」で済ませられないと思います。マイナ保険証にしても、本当に大丈夫なのかとか要検討、要検証。例えば病院とか薬局の読み取り端末が故障したら、どうなるでしょうね、とか。
とはいえ、スタート地点が「事実」と事実に基づく「妥当な懸案」であってほしいと思います。未来についての議論は、推論に推論を重ねる「屋上屋を架す」みたいなところが避けられません。このマイナ保険証リスク論であれば「5年後に一斉に更新期限を迎える」「混雑状態になる」を起点に、次のように推論を重ねています。
ここでの推論の積み上げには、確度は別にしてストーリーに違和感はありません。ただ積み上げに積み上げて保険制度崩壊まで積んだところで、スタートの「長時間並ぶ」が事実ではなかったりすると、議論の底が抜けてなにもかもが崩れてしまいかねません。推論を積み上げるしかなくても、せめてその地盤になる事実は踏み固めておきたいというか。
このスタート地点にはちょっと疑問もあったので、僕の理解の元ネタ・元データや体験について書いておくことにしました。まあマイナ保険証よくわからないよねとかややこしいよねとかは思いつつ、でも議論するならしっかり効率的にやりたいし、そのためには最初の地固めかなということで。
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