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小説「洋介」 14話

 季節は春になった。
一週間の春休みが始まる頃。
終業式の後、二人は河原にいた。きっと二人は両想い。

 石を浮かせるまでにもう1分もかからない。
彼女が隣にいても、スッと静まることができる。
そしてゆっくりと、縦にも横にも石を動かすこともできる。

静まりのスイッチをオンにしている状態は心地いい。
周りが静かになって、頭が冴えてくる。
いろんなアイデアが浮かんでくる。
それが楽しい。
本質を掴む、その感覚がどんどん研ぎ澄まされていく感じがした。

 あの、この能力がバレた日から、彼女とたくさん河原にいた。
そしてしばらく経ったある日、彼女の前にも石が浮いてきた。
僕が静まりを深めていくと、それにつられるように彼女の静まりも深まった。
静まりは伝染するのかもしれない。
まだ石が浮いてくるのには時間がかかるし、浮かないこともあるけど、じっくりと上達していた。

なにより思考の凝りをほぐしていく感覚を共有できることが嬉しい。
河原での練習の時間を通して、二人の波長がどんどんと合っているような気がした。

 僕らは時々、ケンカした。
でも、静まりの時間の後には仲直りできた。
静まっている間に、仲直りのアイデアが閃くんだ。

 一人ではわからなかったことが、彼女と話すとわかる。
話すたびに世界が、ググッと広がっていく気がした。

僕と彼女は黙って夕日に向かっていた。

「楽しかったなぁ」
先に僕が呟いた。
「ね!ほんまそやんね!」
彼女がにっこりと笑ってこっちを向いた。

この半年のことを考えていた。
世界とグッと近くなった気がする。
そういえばあの日、初めて石が浮いたあの日は、少し落ち込んでいたことを思い出した。
なんとなく心が空っぽで、心と体に力が入らないような、そんな感じだったんだ。
あの時、夕日の光が心に入ってきて、そこから本当に人生が変わった。

「君とこんなに仲良くなれるなんてなぁ」
僕もにっこりと笑った。

僕らは手を繋いで帰った。

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