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小説箴言 4章

俺(龍)の親父は暴力を振るうクソ野郎だった。
俺のことも、母ちゃんのこともよく殴った。
小2の時に母ちゃんと家を出て、俺はじいちゃんの家に預けられた。

あいつが教えたことは「龍、強くなれよ」ってことだけだ。
俺は嫌でも強くなった。
強くなればなるほど、苛立ちは増した。

あの牧師の話の後から、親父のことを考えることが多くなった。
『父が愛しい子を叱るように』
そう言っていた。
あいつがこの俺を愛しいと思ったことがあるのか。
それはない。
しかし、あの時俺が感じた愛は、、、

あの牧師は叫んでいた。
「この愛を知れ!
 この愛を掴め!出会え!
 これがあなたを守るから!
 愛を捨てるな!!金を払ってでも掴めよ!
 そして掴んだら、それを愛せよ。抱きしめろよ。
 その時おまえらの頭には、冠が最高に輝いてるよ。
 これまで歩いてきた道が全部、最高に輝いてるよ。」

あれがヤクザか、、、
やっぱすげぇ迫力だったな。
あの目、あの声を思い出してわらけてきた。

作業終わり、太陽の光の差す部屋で、寝転んでいた。

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僕(悟)のお父さんは教師だ。
一言で言うと真面目な人だ。
そしてお母さんも教師だ。
一言で言うと真面目一家だ。

二人は僕に”正しい道”を教えてくれた。
道をそれないように導いてくれた。
僕はその道を、うまく走ってきた。

悪い人たちのところに行こうと思ったことはない。
仲間になりたいと思ったこともない。
極力近づかないようにしていたし。
その人たちがどんな生活をしているかも、両親から聞いていた。

「あいつらはずっと焦ってるんだ。
 自分の力を誇示していないと不安なんだよ。
 悪いことしていないと落ち着かないんだ。
 そして勝ち続けなければ、って、そこに平和はないんだ。
 飯も食うし、酒も飲む。馬鹿騒ぎしてはしゃぐだろう。いっときの楽しさはあるだろう。
 でもやつらの道は暗闇だ。いつどうなるかわからない。
 おまえは真昼の中を行けよ。光の中を行けよ。」

たくさんの生徒を見てきたであろう父の言葉は説得力があった。
僕はそうはなってはいけないと思った。
そのとき、僕の心はグッと締まったようだった。

ゴミ拾いから帰り、日曜の昼下がり、部屋で寝そべっていた。

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心が疼いていることに気づく。
俺って心があったんだ。

ゆったりとした時間が過ぎていく。
こんなに平和な気持ちになったのは、少年院に入ってからだ。
心が綺麗になっていく気がする。
新しくなっていく気がする。
親父のことや、通報した奴のことが、どうでもよくなっている。

思い出しても苛立ちが湧かないのだ。
むしろ、そんなものは無視しろ、邪魔だ、と心が言っている。

薄汚い天井が目の前にあるだけ。
なのに、一筋、涙が頬を伝った。

深いため息だけが、口から出ていた。

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心がぐらついていることに気づく。
なんだこのモヤモヤは。

僕は両親を尊敬している。
正しい道を歩ませてくれて感謝している。
恵まれた人生だと思う。

でもなんかモヤモヤする。

太陽に包まれたあの、橋の下にいたじいさんを見た時、
何かを掴んだ気がした。
同時に心の中で、何かが砕けた気がした。

自分が正しい道だと思っていた道は、本当に正しい道なのか?
あのじいさんの幸せを、僕は持っているんだろうか。
父さんと母さんは知っているんだろうか。
どうして僕は、いま、こんなに心が締め付けられるんだろう。

天井を見ている視界がぼやける。
歯を食いしばって、僕は泣いていた。

「でも、僕は恵まれているんだ。いや、違う」
「でも、僕はできるから。いや、違う」
「でも、僕は悪い奴らとは違うんだ。いや、違う!」

何かを言葉にすればするほど、心が締め付けられた。
そして、言葉が出なくなった。

外は静かで、何の音もしない。
真っ直ぐに前を、天井を見つめた。

「ああ、ほんとは甘えたかった」

ポツリと口からこんな言葉が出た。

出てから気づいた。
それでわかった。
僕は、
頑張ってきたんだ。
よく頑張ったねって、言って欲しいんだ。

大丈夫、大丈夫。大好きだよって。
そのままで大丈夫、頑張らなくても大丈夫って、
言って欲しかったんだ。

だってここまで、”正しい道”を走ってきたから。
あのおじいさんが羨ましかったんだ。
あんなに楽に、幸せになっていいんだって。
悔しかった。

ボロボロと泣いた。

泣きつかれた後も、しばらく天井を見つめていた。
空気の冷たい冬のように、
心の中が澄んでいた。


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