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小説 創世記 6章

6章

牧場での暮らしは平和そのものだった。

牛の乳は何にもまさって美味しかった。
毎日ではないが、今まで見たこともないような量の肉を食べることができた。
畑で採れた野菜は尽きることがないかのように思えた。
朝は早いが、すべき仕事が終わると、緑の草の上で雲が流れるのを見ながら寝そべって過ごせばよかった。

戦争は2ヶ月ぐらい前に終わったらしい。

山男は日本人ではなかった。
名前をノアと言った。
一人でこの牧場をやっているらしい。
家も小屋も暖炉も風呂も、すべて自分で作ったという。

ある時、ノアは言った。
「戦争で、日本は混沌の中にいる。暴力で満ちている。
 僕はこの場所でそんな人々を慰めるためにここに牧場を作ったんだ。
 ここには平和がある。飢えて死ぬ恐怖からは自由だ。
 ここにきて、みんなに休んでほしいんだ。」

その数日前に柵を壊され、羊や豚を盗まれ、その子たちを思って泣いていたノアを見ていた一雄は、
そう言える彼をすごいと思った。

「洪水が起こる。備えよ。」
冬が始まろうとしていた頃、一雄の上に声が響いた。

一雄はイブキとノアのところに走った。
「洪水が起こる。備えないといけない。
 塀を高く強くしなければならない。
 森からやってくる動物たちも匿ってやらなければならない。
 そこでは血は流されることはない。
 ノアの言う通り、ここは平和の園となる。」

「驚いた。お前は預言者なのか。」
ノアが目を丸くしている。
イブキはじっと一雄の目を見ている。

一雄は続ける。
「海から一番低いところは15メートルの高さにしないといけない。
 水が染み込まないように防水の液を塗らないといけない。
 入ろうとする動物たちは入れるようにしないといけない。
 それらの動物のためにも食物を集めないといけない。しかしそれは与えられるし、良き量も教えられる。」

三人は全てそのようにした。

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