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『コヘレト』 1話

1話

『空の空、空の空、一切は空』
ある伝道者は言ったらしい

学校にいる僕は
死んでいる

平凡すぎる僕
平凡すぎる毎日
僕が死んでも世界は変わらない
死ぬ気でやっても何も変わらずただ野垂れ死ぬだけだろう
この世に僕の生きている意味はあるんだろうか

窓際の席、
教室の隅から
中三の野島悟(さとる)は雲をみている

幼なじみのミサとは随分と距離ができてしまった。
グラウンドには幼なじみの美少女
友達に囲まれている。

「・・・・」虚しくなり目を逸らす

この退屈に、心は死んでいっている気がする。。。

帰り道、いつもの商店街が少し賑わっている。
暮れかかった日の中で遠くに人が集まっているのがわかる。
その時、まっすぐな声が心に刺さった。
『空の空、空の空、一切は空。
 すべての労苦に なんの意味がある』

引き寄せられるようにその群れに近づいていった。
そこには東南アジアにいる僧のような、
奇妙なラッパーがいた。
汗をダラダラ流し、目は血走っている。
怒っているようにも、応援しているようにも見えた。

『全てのことに人は疲れ
 あなたは語ることさえしなくなり
 目は満ち足りることはなく
 聞いて満足できもしない』
胸が苦しくなる。
そうだ。何も僕を満たしてはくれない。

『笑いは狂気、快楽は無意味
 何が本当に良いことか
 何も掴めない虚しさよ
 わたしは愚かさを身につけて生きよう』
胸が締め付けられて痛かった。
嫌だよなぁ。
そんな人生は嫌だよなぁ。
ダラダラと涙が流れる。

『人にはなんの良いことがあろう
 飲み、食い、労苦することに
 神の意味を見て喜ぶ
 ことより他に良いことはない』

「・・・・」

『すべてのことには時がある
 すべての今には意味がある
 神の与える仕事はすべて
 人のためになされること

 神のなさること それはすべて
 時にかなって美しい』

うずくまる僕の前に
気がつくとラッパーが立っていた。
顔を上げてみると夕日が綺麗だった。
彼は澄んだ瞳で僕を見て、僕の方に手を伸ばした。

手を掴んだ僕に優しく微笑みかけ、
「Tears are the gift from God(涙は神からの贈り物だ)」
「You are chosen(君は選ばれている)」
と言った。
その目の奥は鋭かった。

「ワタシはSo(ソウ)デス。
今日は聞いてくれて、泣いてくれて、アリガトウ」
「アナタも仲間になりまセンカ?」

驚いたことに、ラッパーたちの集団に誘われた。
自分には無縁の人たちだと思っていた。
しかしもっと無縁なこの僧ラッパーがここにいるのだ。

「おいおい、ソウ。急に誘うんかい、ハハ」
周りのヤンキーたちは笑うと親しみが持てた。
ソウが認めたということは彼らも認めるということなのだ。
僕は嬉しかった。
いつもの僕なら怖がっていただろう。こわばった顔をしてしまっていたかもしれない。
でもこの時、ほぐされていた心は、心から喜んだ。

「いつもここでフリースタイルやってるからよ。いつでも来いよ」
そう言って話してくれたのは金髪グラサンのアキラだ。
18ぐらいだろうか。少し寂しそうな目をしていて、すごく大人に見えた。

みなが話しかけてくれ、聞き出してくれ、とても嬉しくなった。
みんなとってもいいやつなのだ。
なにも否定されない。自分の平凡さを笑う人などいなかった。

ソウはニコニコと見守っていた。
僕が仲間と話していることがとても嬉しいようだ。
僕は時々ソウの方をみてドキドキしていた。
もうただのファンなのだ。
ソウの弟子になりたいとすら思っていた。

ソウに近づき話しかけようとしたその時、
「さ、、さとる!」
震えた声で名を呼ばれた。
振り返って僕は驚いた。
ミサがそこに立っていたのだ。
「さ、さとる、どうしたの?帰ろう?」
どうやらガラの悪い連中の中に囲まれている僕を心配したらしい。
僕はニコッと笑い、
「うん。帰ろうか!」
そう言ってみんなに別れを告げた。

「おおー!やるじゃねえか、さとるぅ!」
そんなふうに冷やかされながら、その場を離れた。
「またなー!」
そういって長い時間、手を振ってくれた。

帰り道、口元が緩むのを止められなかった。
「ねぇ、さとる、すごいね。あんな人たちの中に。。。」
そうだ、ミサ。勇気を出して入ってくれたんだ。
「久しぶりだな、ミサ。あ、ありがとう。呼んでくれて」
「う、うん。中学に入ってあんまり話さなくなったもんね。元気だった?」
「う、うん。なんかミサは楽しそうよな。おれは全く平凡でさ。だから今日はとんでもない日だ。おれにとって」
「実はわたしも、あの人のラップ?聞いてたんだよね。さとる、、、泣いてたね。あ!すっごく良かったよね。わたしも泣きそうになっちゃって。。。」
「うん、、、おれ、あの人のところにいたいと思うよ。こんな平凡なおれも変われるかもしれない」
「そうなんだ。。。」
二人はゆっくり歩いた。

「さとるを平凡だって思ったこと、わたしはないよ。
 今日だって、あんなところにズンズン入っていって。わたし、心配で。。。
 でもさとるは、これって決めたらその道を行くんだよね。昔から。
 じゃあ、また明日ね」
ミサは家に入っていった。
僕はまた、泣きそうだった。

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ソウの話はここ


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