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小説 創世記 7章

7章

12月、中旬。

すべてが整った頃。
動物たちが集まってきた。
小さな動物が逃げ込んできた。
大きな熊もきた。
猿や狐も来た。
鳥たちも牧場の中の木々に集まってきた。

そこには平和があった。
肉食の動物も草を食んでいる。
ノアには不思議だった。しかしノアは神を信じていた。
熊は静かに眠っていた。

犬のセツは賢く動き、動物たちをうまくまとめた。
それぞれの動物が固まって休んだ。
ノアと一雄、イブキは毎日エサを運んだ。
大小の鳥たちも集まってきた。

12月21日。
ついにその日が来たのだ。

一雄はその前の日の夜、言いようのない不安に包まれた。
そしてその時が近いことを悟った。

外に出てノアとイブキに告げた。
二人が家の中に入っていった後も、一雄は一人外に残り、星を眺めた。
胸に迫る不安と焦燥感から涙がこぼれた。

しばらくして、声がした。
「大丈夫。私がおまえと共にいる。」

その時、一雄の内にあった不安は、水の上を波紋が広がっていくように、平安に塗り替えられていくのを感じた。
一雄の涙は増した。

一雄は家に入り、3人は食事をし、共に飲んだ。
たくさんの言葉は出てこなかった。
食事が終わり、時が過ぎても誰も席を立とうとしなかった。

もうすぐ日が出てくるかといった頃、
大きな音がなった。
その直後に家全体が大きく揺れ始めた。

夕食後そのままウトウトとしていた3人は飛び起きた。
家の中のものがたくさん壊れる音がした。
みなで机の下に伏せた。

長い揺れが静まったと思うとまた揺れがきた。
そのようなことが何度も続き、外で動物たちが騒いでいる声がした。
そんな中で3人は不思議と冷静に、言葉を交わしていた。

揺れがおさまってきた頃、外が不気味に静かになった。
3人は外に出た。外の方がむしろ安全かもしれないと話していた。

外には群れごとに集まった動物たちが静かに伏せていた。
鳥も木々の止まり静かにこっちを見ていた。
建て上げた塀は無事だ。
ホッと安心してその先を見ると、
いつもは見えない海が見えた。

それは大きな波であった。
その波はゆっくりとこっちに迫ってきている。
波の下には街があった。

その時、一雄が二人の手をぎゅっと握った。
そして、震えた声で呟いた。
「あぁ、どうしよう。
 どうして僕はあの街の人たちに伝えにいかなかったのだろう。
 どうしてそのことが思い浮かばなかったのだろう。
 どうしよう、あの人たちが死んでしまう」

頭を抱えてその場にうずくまった。

波の方をまっすぐに見ていたノアが静かに言った。
「ぼくが言ったよ」

「ぼくが街に降りて、洪水が来るよって街の人たちに言ったよ。
 カズオとイブキは街にいくことはなかっただろう?
 だからぼくが言わないとと思ったんだ。
 街の人たちは外国人のぼくの話を笑っていた。
 怒る人もいた。
 でもぼくは伝えたんだ。だから大丈夫」

「帰り道、ぼくは悲しくなって神様に祈ったんだ。
 神様、彼らを助けてください。彼らはあなたのことを知らないんですって。」

そう言ったノアの声は震えていた。
一雄はノアの顔を見上げてゆっくりと立ち上がった。
そして真っ直ぐと波の方を見続けた。

波は塀のギリギリまで迫った。
それを3人はじっと見ていた。
牧場内は全く濡れなかった。
3人の手に力が入った。

それから雨が降ってきて、激しく降り続いた。
水は数日間、引かなかった。

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