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三題噺小説版『雨』『白鯨』『薔薇』

落語の三題噺の小説版を友人と遊びました。

【ルール】
☆友人から一題、私から一題、適当な本を目隠しパラパラ指差しで一題(今回は友人に三題目をパラパラと指差し一題してもらいました)

☆三題はちょい出しでもガッツリ主軸でも可

☆ジャンルはフィクションのみ、ノンフィクションは不可。フィクションであるやならミステリーでも純文学でも可。

☆制限時間6時間


 雨が降っていた。旅館の庭園の薔薇は、その雨を浴びながらも、綺麗に咲いている。僕は、ぼんやりとその景色を眺めていた。眺めていると、蜘蛛がそのあたりを蠢いていることに気がついた。ふと屋根の隅をみると、雨粒をつけた蜘蛛の巣が、真珠の首飾りみたいに垂れ下がっていた。なんだか、不思議な気持ちでそれをみていたら。不意になにかを書きたくなって、机に向き合うもののいつの間にか眠ってしまっていた。その頃には、もう、雨が止んでいて。空は薄暗さを払い、青く澄んでいた。その空に浮かぶ雲が、白鯨みたいだと思った。そう思っていると、後ろから鳥の群れがやってきて、それが小魚の群れに見えた。ふと、気がついたら笑っていた。無意識のことだった。

 どこか浮ついた気持ちになり。どこか落ち着かないので、近くの浜辺を歩いてみる事にした。気がついたら、水平線のむこうには赤々とした太陽が沈んでいて、斜陽を連想していた。あ、もう、そんな時間なんだ。と、僕は、思った。
 歩を進めてきた後ろを振り返ると、そこには僕の足跡が点々と僕の後ろに続いている。前を向くと、僕の前には、先に歩いた人たちや犬の足跡でいっぱいになっていた。そろそろ帰ろうと考える頃には、星がうっすらと空に輝いていた。
 月が出る頃までには、旅館の部屋に戻りたいなと考えながら、旅館にむけて歩いる。そうして、歩きながら思い出していたのは、昨年の夏のことであった。違う浜辺のことだったけれど、その浜辺を散歩しながら話したことを思い出していた。海岸沿いのカフェに立ち寄って、飲んだアイスコーヒーの冷たさ、溶けたアイスティーの氷を弄ぶようにストローでかき混ぜる友人の笑い声。何気ないことを楽しんでいた、あの夏のこと。

 これは、回想なのかもしれないな。と、綴りながら、そう思った。

 君がいた、あの夏のことを思い出していた。けれど、うまく思い出せなかった。追憶の断片がぼやけているようだった。蜃気楼のように、ぼやけてゆく。新しい記憶がその思い出を上書きしてゆき、どんどんと掻き消されて、消えてしまう。
 今の僕は、無気力を払いのけてでも、机に向き合う必要があるんだ。そう思って、駆け出した。机に向き合った、けれど、指が何一つとして、動いてはくれなかった。
 どんなに、いろんなことがあっても。縋り付くように、僕は思考をまわし続けるだろう。誰かに阿呆だと莫迦にされたとしても、変わらず。君だけは、僕を信じてくれた。それを信じているからこそ、綴り続けたいと思った。
 あと、どれだけの原稿用紙を重ねれば届くのだろうか、あの空を泳ぐ白鯨にでも聞ければいいのだけれど、そんなことはできないから。君との約束を果たそうとして、何度も、何度でも、綴ってみた。けれども、なんだかうまくゆかないんだ。そうして、その度に君を何度も思い出そうとしている。
 たったひとりの君だけのこと。

 何度も壊された追憶の断片をかき集めて、爛れた手のひらで何度も綴る。そんなことを繰り返す。それが、せめてもの罪滅ぼしになるならば。

 夏、青く澄んだ、限りなく透明な海のような空に、雲。白鯨が、泳いでいる。

 君が愛した、海を愛しいと想う。
 私が壊した夏の日の思い出は、淡く溶けた。

 あの夏は、もう二度とやってこないのだろう。

令和5年8月15日

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