見出し画像

三題噺小説版『手紙』『紙飛行機』『子供』

落語の三題噺の小説版を友人と遊びました。

【ルール】

☆私から一題、友人から一題、適当な本を目隠しパラパラ指差しで一題(三題目は、私が選びました。本は川端康成氏の小説です)

☆三題はちょい出しでもガッツリ主軸でも可

☆ジャンルはフィクションのみ、ノンフィクションは不可。フィクションであるやならミステリーでも純文学でも可。

☆制限時間6時間

  今日までの私は、今日までを生きてみた私であった。私は、子供の頃から、くだらないことで怒ったり、怒られたり。時には私が誰かを利用したり、利用されたり。時には誰かに裏切られたり、裏切ったりした。そんな人生をすごしてきた。
 今年で私は、二十八歳になろうとしている。執筆の仕事に追われて盆もろくに帰省せず、ひき籠って締め切りの仕事を片付けている。地味な作業がずっと続いている。それどころか、僕の生活は、執筆だけでは賄えないようで、他の副業もして、やっと生活をする始末である。妻は、そんな私をなにも叱らず、怒らず。ただ、見守ってくれている。そんな彼女のことを私は、心の底から愛しているのだと思う。けれど、時々、歯車が狂ったように、お互い喧嘩をしてしまうこともあった。大抵の場合、自分が折れて謝るのだが、そんな日々も慣れてくれば特別に大変ということはなかった。今日も、すこしばかり些細なことで喧嘩をしてしまった。が、今回ばかりは私は悪くないと思っている。「少し頭を冷やす」と言い、作業用のバックをもって仕事部屋へ行く。というのも、最近では、ほとんどの小説を自宅で執筆せずに友人の営む煙草屋の二階を借りて、そこで執筆作業をすることがおおくなっていたからだ。友人というこももあり、ほとんど無償で貸してくれている。その友人には娘さんの裕子ユウコさんと言う(愛称は、ゆうちゃんとで呼ばれている)娘さんがいて、よくお店のお手伝いで店番をしている。ゆうちゃんは、まだ十八歳の娘で、かわいらしいながらも、大人びた事をいう事が多い娘さんである。そのせいか、煙草屋にはゆうちゃんを目当てにくる客も多くいた。その娘さんは、厄介なことに文学少女で、私が二階へのぼってゆくときも、降りて帰る時にも
「ねえ、どんなものをお書きになるの?」と、聞いてくる。
「ね、お願い。こっそりと、読ませてくださらない」 
 そう、可愛らしく言うものだけれど、私は適当に返事をしてしまう。どうも、あの歳頃の娘の扱いは苦手なようだ。いつもなら執筆を終えると自宅に帰り、私は適当に本を読み始める。
「あら、もうお帰りになっていたのね」と、嫁が、笑って話しかける。ちらりと私はというと、嫁の姿を見てうんと頷き。また、読みかけの本を読み進める。それは何気ない時間であるが、心地よく。稀に本を読みながら、うたた寝してしまうことがあると、甲斐甲斐しく羽織るものをかけてくれた。そんな彼女だからこそ、一緒にいたいと思ったんだと思いつつ、その思いはなかなか伝えられずにいた。

 或日のこと。煙草屋のゆうちゃんがすこしだけ物憂げに溜息をこぼしていた。「どうかしたの」と尋ねると「なにもないの、なんにも」と返事する。
 後から煙草屋の友人から聞いた話だが、どうやら、常連の青年に恋人がいたことが分かり、彼女の片恋が実らなかったようだ。その日の執筆は、不調なこともあり、あまり進まなかった。柱にもたれかかり、ぼんやりとしていた。私は、もしかしたら、知らず知らずのうちに傷つけたり、私自身も傷ついて、生きているのかもしれないな。と、そんな事を今になって考えてしまったのだ、今更、考えても仕方のないことだ。けれど、考えてしまった。なんだか、じっとしてられなくなって。その日は、早々に二階の部屋から出てゆき。目的もなく歩いた。自宅とは反対の方向である。

 自分の人生とは太宰治の書いた小説の『人間失格』ほどではないけれど、やはり、恥の多い人生なのかもしれないなと思った。けれど、そんな事など、もう遠い過去のことのように思えて。すぐにでも、忘れ去ってしまうだろうなと思った。

 思い出は、どこかくすぐったい。

 セピアに溶かした追憶はどこか他人事のようで映画や劇を鑑賞するような心地になる。私は、様々な恋をそれなりにしてきただろう。様々な想いをしてここまできたのだろう。そう考えながら歩いているうちに井之頭公園まで歩いていた。風の吹く音、木々の揺れる音、はっきりとはきこえないけれど幾人かの話し声。どれも不揃いな音のようで、どこかで調和しているような場所だ。私の横を通り過ぎた少女に、私は初恋の彼女と出会った時のことを思い出した。

 初恋の彼女とは、私が小学五年生の頃に出会った。彼女は、夏休み明けにやってきた転校生で、ふっくらとした頬が薄い桃色に染まった健康そうな肌色の少女だったことを覚えている。私の初恋の彼女の名前は、綾子アヤコ。会いたいなと思った。これは、未練ではない。どうしているのか、どうしてか気になったのだ。彼女に綾子という名前は、とても彼女に似合う名前だと思った。彼女は、僕の隣の窓際の空いた席であった。その席は、夏休み前に引っ越していった少年が座っていた席だった。彼は、よく僕に話しかけてくる厄介な奴で、私が村上春樹の『ノルウェーの森(上)』読んでいた時に『ノルウェーの森(下)』だけを奪い去って「夏休み明けには、返すからさ」と言って去っていった少年である。彼は、小説を書くことが好きで、
「自分の夢は天才作家になって、芥川龍之介賞をとるんだ。それから、テレビにも出るんだぞ」
と、いつも私に豪語していた。彼は何度も自分の名前や、サインの練習をしては、私に見せつけて「どうだい、様になってきているだろう。いざという時にサインが書けないとダサいからなあ」と準備をしていた。あまりにも熱心で、私は苦笑してしまった。彼は私に対して、いつもそんな話ばかりをしていた。私は、その話をやれやれとうんざりしながらも聞いていた。なぜか、拒絶することもなく、馬鹿にするでもなく、真っ直ぐな彼の言葉を聞いていたいとさえ思ったこともあった。僕はどこか彼を羨ましいと、思っていたのかもしれない。
 もしも、彼にあえたのならば、今頃はどうしているのだろうか?
 まあ、クラスでも目立っていた彼のことだから有名になっていているだろうと思ったのだけれど、そんな気配もない。今も彼は、どこかで小説を書いているだろうか? いや、もしかすると、もう書いていないのかもしれない。もしも、もう一度、会えたなら。また、少しだけ話をしてみたいなと思った。きっと、また、笑い話ができるといいなと思っているからだ。けれど、そう上手く現実に奇跡は起きない。それに、お互いになにもかもが変わってしまっている。そんな状態になっているかもしれない。素直に再会を喜べるだろうと、そう言えない自分がいるのだ。
 小学校の同窓会への不参加の返事を送ったは、そんな理由もある。周りは、あまり私の不参加を気にしなかった。学校でも目立つほうではなかったからかもしれないが、安堵した。あの頃の私と、今の私は、まったく人が変わったように違う。そんな自分に会っても、懐かしいとは思ったりしないかもしれない。それと同時に、私もまた、あの頃の同級生に会ったとしても、あの頃のままの同級生たちではないのだから、懐かしいと言う気持ちになれないかもしれない。
 私は、同窓会の場所で何もできず、ただぼうっとしている自分を想像した。それだけで、胸焼けがした。嫌だろうなと考えた。もしかすれば、もう少し歳を重ねれると、そんな考えも変わるかもしれないけれど、今は、そんな気持ちにはなれなかった。

 綾子は、そんな芥川龍之介賞を狙っていた彼にも負けないくらいの文学好きのであった。けれども、綾子は小説よりも詩を読むほうが好きで。詩をいくつか書いていると話してくれた。
「素敵だ」と、言うと、綾香はいつも謙遜し、恥ずかしそうに微笑していた。
 綾子は、いくつか詩を私に薦めてくれた。主に北原白秋や萩原朔太郎、宮沢賢治や中原中也。洋書でいえば、ヴェルレーヌを好んで読んでいた。いつ頃だったか忘れたが、太宰治ことを震える子猫みたいだと、綾子は話してくれた。その当時の私も、今の私も、そう思った理由はわからない。彼女の独特の感性や視点を理解したくて真似た癖のある字は、今も自分の癖になっている。学校のコンクールで私が作文で入賞をしたとき、彼女も詩で入賞をした。お互いに嬉しくて、そこからよく話すようになった。文通をふたりでするようになって、家族に内緒にしていたので、手紙がポストに届いた瞬間君の手紙がきている時は、心が躍った。君はブラックインクで文字を綴っていて、私はブルーブラックのインクで手紙を書いていた。私は、何気ない日常を小説みたいに書いて。君は、数行の言葉と詩作した詩を書いて送ってくれた。それを読むのがいつの日か楽しみで、毎日が楽しかった。綾子との会話は、気取らず。のんびりとできた。
 学校生活のなかで、落ち着くひとときだった。

 冬が近い頃頃の放課後、彼女が紙飛行機を折っていた。破ったノートでつくられた紙飛行機をもって禁止された屋上にゆく。綾子は速足で階段をのぼってゆくから、運動音痴の私は追いつくのにやっとだった。屋上で、君は無言で空を見上げていた。どうやって屋上に入れたのかは覚えていない。けれど、自然とその場所に居た。

「どうしたの?」

 やっとのことで言葉にしたら、きみは振り返って。笑った。どこか、ぎこちなく。ふっと吹き飛びそうな紙一重の曖昧に笑った。

「手紙をね、空に飛ばそうと思って」
「紙飛行機じゃ、どこにも届かないよ」

 私の言葉も気にせず、綾子は夕空に紙飛行機を飛ばした。
 それは、すっと溶けた蜜柑の色をした空に吸い込まれるように飛んでいった。

「君、引っ越してしまうんだろう」

  綾子は、私がまだみんなにも話していないことを私に話した。

「どうしてって、顔をしているね」
「ああ、なぜ知っているの」

 すこし沈黙が、二人の間を通り抜けた。いつしか、綾子は『天使が、横切ったね』と笑ってくれたことを思い出す。

「なんでだろうね。なんとなく、勘かな?」
「ごめん」

 思わず、僕はそう言った。君は、そんな私をじっと見つめている。

「どこへ、引っ越すの?」
「東京」

「そうか、ここからだと……遠いね」
「うん」

 言葉が、つっかえつっかえになる。どうしたら、いいのだろうか。と、あの頃の自分は思っていた。今なら、気の利いた言葉のひとつやふたつを言えたかも知れないけれど、そうじゃないかもしれない。けれど、その当時の自分は、その時の精一杯の言葉を捜していた。消えない言葉を捜していたんだと思う。彼女の記憶に、残っていたいと……。

「向こうに行っても、手紙を書くよ」
「ええ、けれど。いつかは終わりがやってくるわ。その時、その時がきても、あなたは自分を責めないで」

「忘れないよ、絶対に書くさ」
「うん。ありがとう、けれどね……ううん、いいわ。きっと、いつかわかるはずだから」

 君は、また空を見上げていた。私も、綾子の隣に立ち空を見上げた。ふと、綾子の影が薄くなっていることに気が付いた。けれど、気づかないふりをした。

 東京に引っ越してからは、いろんなことを経験し、文通はは君からの手紙の返事がこなくなってから次第に私からも手紙を送ることを辞めてしまって終わってしまった。もう、二度とは、あの子とは会えない気がしている。あの時に、あの頃に、とどうしようもないたらればをならべてみるけれども、それは結局のところたらればで終わってしまうんだ。
 井之頭公園の池のそばにある椅子にそっと腰かけた、足が疲れたからである。道中のカフェでアイスコーヒーを買ったので、それを飲みながらぼうっとしている。遠くの子供たちの笑い声がいやに近くではっきりと聞こえてくる。

 あの頃の私は、ちゃんと、私を生きていたはずだ。けれど、今の私は、どうだろうか?

 私をちゃんと生きられているのだろうか。

 そう、思った時に、ふとベビーカーを押しているすらっとした女性が私の座っていたベンチを横切った。横顔だけだけれど、どことなく彼女に似ていた。そうだ、きっと彼女も同じ空の下で、彼女なりに生きている。過去ばかり並べても、きっと、どうしようもない事なんだ。

 私は、帰宅すると妻を抱きしめた。妻は驚いていたけれど、ふっと気がついて大笑いした。

「まあま、仕方のないひとね」

 君が微笑む、その面影にあの頃の少女がいた。

「なあ今日は、久々に外食でもしようか」
「え、急ね。うーん、どこへゆこうかしら」
「どこでもいいよ、君の行きたいところならば」

 二人で玄関をくぐる、空は橙色の夕空だった。あの日にみた、あの夕空とすこし似ている。そんな気がした。妻が腕につかまって、私を見上げている。

「折角ですし、そうね。少し散歩もしたいわ」
「いいね、そうしよう」

 妻の隣で、見慣れた街並みを歩く。はっと、すこし足を止めて、さっきまで喧嘩をしていたことを私はすっかりと忘れていたなと気がついて、足を止めた。それに気がついた隣にいる妻も、さっと足を止める。すると、不思議そうに顔を覗き込む妻の顔が楽しそうに笑っていた。穏やかで、凛とした涼やかな目がこちらをみている。それは、とても穏やかな凪いだ海に近いものだと思った。嬉しそうに腕を引っ張って、再び歩き出す。この先にあるのは天国なのか地獄なのか、生と死の間にいるのかもしれない。けれど、そんなことは、いつの間にか、そう。この歳になると、気にしなくなっていた。どちらにしても、生も死も表裏一体な存在で、コインの面裏でしかないんだと、終わらない思考回路に決着をつけた。思考することをやめたわけではない、決着が、この歳で、ようやくついた訳だ。

 歌声がする。ふと、紙飛行機が横をすり抜けていった。
 それは煙草屋のゆうちゃんが私たち二人にめがけて飛ばした紙飛行機だった。
「おふたりとも、やっぱり仲がいいのね」
 妻が、照れくさそうに笑いながら駆け寄る。何か二人で話し込んでいる。わたしはそっと横に落ちた紙飛行機を拾った。やぶいた雑誌の一枚のようだ。妻が財布を片手に「ゆうちゃん、いつものね」と言い、私の愛煙している銘柄のいくつかを持ってこようとしている。後ろ姿を、ぼうっとみつめていた。

 不意に拾った紙飛行機にされた雑誌の記事はなにかなと、気になった。そっと、開いてみる。どうやら最近のものらしい、いくつかの見知った名前の詩人と詩がつづられていた。どれもこれも、ありきたりな、日常の断片。追憶の破片。なにか訴えるような悲痛な叫びに満ちていた。が、ふと海の凪に似た詩をみつけた。そっと名前をみてみる。すると、そこには、君の名前が乗っていた。

 これは、偶然なのだろうか?

 君は、詩人になっていた。そして、そのチラシの紙飛行機が、私の元に届いたのだ。年月も、場所も超えて、思わず私は声が出なかったが、それをそっとポケットにしまった。

 いつか君が、届けと飛ばした紙飛行機。
 なんだかんだあったけれど、届いたよ。
 だから私も、返事を書いてみたんだ。
 君に、届くといいのだけれど。

 きっと、届かないだろうな。
 あの日から練習した紙飛行機。
 私は未だに、うまく折れないんだ。

「夏。君には、とても似合っている季節だね」

 私は、そうっと、こっそりと呟いた。

令和5年8月15日

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?