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【ショートショート】王女の首飾り
『あなたの首元を満月の輝きが彩ります』
『本物の月をネックレスに。ただ一つだけのジュエリー」
スピシアー博士がそんな謳い文句を新聞の一面に掲載したのは、世間の人々が夏の暑さから急に肌寒くなったことで、肩を震わせながら帰宅する、秋の入口のことだった。
「また博士が出まかせを言っているよ」
人類の発展を1人の頭脳で200年は先に進めたと言われた天才科学者。だがそれも一昔前の話だ。
「何年か前、スピシアー博士が月の全権利を買い取るとか言って騒ぎになったよな。あの件、まだ引きずっていたのか」
「そうそう。もしかして、こんな大ボラ吹くために伏線だったのかしら」
好奇の眼差しと憐れみが混じった声が博士に届いたのかどうかは分からない。ただ、何よりも確かなことは、その広告が掲載された3日後、今度は世界中の悲鳴がこだますることとなった。それもスピシアー博士の手によって。
「広告主募集中。掲載料の相談は下記アドレスまで スピシアー・F・ウィルソン」
何ということもない、広告募集。人々の度肝を抜いたのは、それが書かれているのが、夜空に浮かぶ月ーーーーだと、思い込んでいたものだったからだ。
「あれはワタシが作った人工の月ですよ」
世界を混乱に陥れた張本人、スピシアー博士は緊急記者会見で堂々とそう宣言した。報道陣は、そのピュアな言動がしでかした、壮大な計画に圧倒されながら、懸命にスピシアー博士の一言一句を全て記事にしようと躍起になった。
「ワタシは、天体をこの世にたった一つしかないジュエリーにする技術を編み出しました」
翌日、世界各国の新聞の一面はどれも同じ見出しで人々を驚かせた。
「神秘に彩られた至高の芸術品。オークションでの販売決定」
「なんとしてでも、手に入れて」
そう言い切ったのはM国の第一王女、ステファン王女だ。
もうすぐ行われる自分の即位式に、そのジュエリーをつけたいのだと、ステファン王女は勝ち気さと野心を窺わせる瞳を爛々と輝かせて家臣に告げた。
「しかし、ステファン王女。我が国の財政では・・・とても・・・その・・・」
言い淀む家臣にステファン王女はぴしゃりと言ってのけた。
「我が国の権威を示すのにうってつけのジュエリーよ。何が何でも、どんな手を使ってでも手に入れて」
野心を秘めた若き王女の心変わりを、その場にいる誰もが期待した―けれど、王女のぎらついた野心は変わることなく、ついにオークションの日を迎えてしまったのだった。
「このジュエリーによって、正に世界でも類を見ない輝きを放つ国へと、今後益々成長なさるでしょう」
スピシアー博士は満面の笑みでそうスピーチをした。オークションは過去稀に見る取引総額で落札された。即位式のクライマックスに、ステファン王女の胸元に飾られることになっている。
その輝きを取材しようと、世界各国から多くのマスコミが訪れている。城の外では、国が傾きかけているのにそんなものを買う金がどこにあるのだと、民衆が暴動を起こしかけているが、城の中の人間はそんなもの、見て見ぬふりを決め込んでいた。
「皆様、お待たせいたしました。ステファン王女、即位のご挨拶です」
城内に流れたアナウンスに、会場が静まり返る。余裕たっぷりの様子で登場した王女を、その場にいた全員が万雷の拍手で出迎えた。
「お集まりの皆様、本日は私の即位式、そして世界に一つしかないジュエリーのお披露目にようこそお越しくださいました」
『王女を出せ!!』
外から聞こえる怒号に、ステファン王女が顔をしかめながら続ける。
「ギャラリーが五月蠅いようですわね。…先に、ジュエリーのお披露目と致しましょう」
その言葉を合図に、燕尾服に身を包んだ従者が、恭しく紫のベールがかけられたショーケースを運んできた。フラッシュが瞬く間にたかれる。ステファン王女がにっこりと笑みを更に深くした。
王女自ら、待ちきれない様子で紫のベールに手を伸ばし、一思いに引っ張る。中から、眩い輝きがショーケースの中に充満している―はずだった。
そこに飾られているのは真っ暗な石の塊が、華奢なチェーンにぶら下がっている―ネックレスのようなものだった。
「…何よ、これは」
怒りでステファン王女がわなわなと震える。
『国民の痛みが分からない王女を出せ!!』
会場の混乱した声と、城外から聞こえる喧噪が重なる。顔面蒼白となったスピシアー博士が、あっ、と声を漏らした。
「み、皆さん。そのう、これは本物の月を使用しているからですな、実際の月の満ち欠けと同じ形をするのです。だからそのう、今日が、たまたま―」
「その無能な爺を捕まえなさい!!」
ヒステリックなステファン王女の叫びは、城の中になだれ込んでくる民衆の怒号にかき消された。
人の手によって形を変えられてしまった本物の月は、ショーケースの中から自分が元居た場所をしばらく見つめていたが、やがて醜い人間たちの喧噪の中に埋もれていったのだった。
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